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2008年10月

「あかいふうせん」

Akaihuu ラモリス・作  岸田衿子・文  いわさきちひろ・絵  偕成社 1968121日刷1995849

フランス映画「赤い風船」(1956年)を画家のいわさきちひろさんの熱意によって絵本化されたそうです。文はラモリス監督の原作をもとにして岸田衿子さんが、絵本のために構成して書いたものです。

パスカルと赤い風船との会話のやりとりはありません。ひたすら、パスカルが話しかけるのです。それが、何となく共感を呼びます。

大人だって、目の前に赤い風船が飛んでいたら気になりますよね。そして思わずどこへ行くんだろうって目で追いかけます。子どもは走って追いかけて行くでしょうね。

そんな誰もが持っている心理をファンタジーなストリーに岸田さんが書けば、画家の岩崎さんがより一層ファンタステックに描いています。赤い風船が1頁以外(青い風船)全頁に出てきます。その赤い風船を見ているだけで子どもの頃の郷愁へ誘われます。

お話の中で、いたずらっこ、いじめっこが、赤い風船に石を投げて破裂させてしまいます。その場面で風船が死んでしまったと表現していますが、それだけ少年にとって大事な(ペットのような)風船であったことを強調したかったのでしょうね。

勿論、これで終わりませんから・・・・。

映画ではこの少年を監督の息子さんが演じているのだそうです。セリフもたった一言あるだけとか。カンヌ映画祭短編グランプリを受賞。アカデミーオリジナル脚本賞も受賞しています。この年(1956年)のアカデミー賞の作品賞が「八十日間世界一周」ですって。

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「氷河ねずみの毛皮」

Hyouga2 宮沢賢治 作 木内達朗 絵 偕成社 20082月 初版第1「氷河鼠の毛皮」が装いを新たに豪華絵本になりました。

【話】1226日夜8時に極北の幻視の都市ベーリング行きの列車に乗ってイーハトヴを発った人たち。車中で15人が乗り合わせた。

顔の赤い肥った豪商人が氷河鼠の毛皮の上着を着ていた。それも氷河鼠450疋分の頸の毛皮でこさえたものだった。その他にもラッコ、ビーバー、黒狐等の動物の皮の外套を身につけて、指にはアラスカ金の大きな指輪をはめ、10連発のピカピカする鉄砲まで持っていた。北極近くまで猟に出かけるために急行列車に乗ったのだった。男の名前はタイチ。

このタイチ、痩せた赤ひげの男、船乗りらしい帆布の上着を着た青年。赤ひげは間諜(スパイ)で、タイチを撃つために同じ列車に乗ったのだった。そして青年は、・・・・・・・

【所感】青年が車中で演説をします。その言葉は賢治自身が、日頃から考えていたことなのですが。動物を人間と同じ視線で捉えている賢治にとって、書かずにはいられなかった演説の言葉は、子どもたちに何としても伝えたかったのです。

賢治が風景を語る時、何故か、その情景が目に浮かびます。と言っても私の場合は密集地帯での生活圏。勝手に想像する幻視の世界を木内氏の絵がそれを手伝ってくれました。

ドラマチックなお話です。言葉はやや難解なところがありますが、童話の姿勢を貫いている作品です。

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「さるのこしかけ」

Saruno 作 宮沢賢治 絵 さいとうよしみ 小学館 2007310日初版第1刷発行

【話】楢夫は“はははあ、これがさるのこしかけだ。”と興味を持ち、このきのこに座れる猿は、せいぜい、自分の握りこぶし位もないだろうと思った。すると、軍服を着た猿の兵隊が現れた。両サイドの小さなきのこは小猿の兵隊で、真中にある、やや大きなきのこは大将の腰掛だった。

軍服を着た大将の猿が楢夫に向かって、60になるところだと威張ってみせた。陸軍大将でも、所詮、小さい猿ですから、楢夫は怖くも何ともない。そんな二人のやり取りを聞いて小猿たちが笑う。大将の小猿は楢夫を栗の木の中へと誘い込む。

栗の中は煙突みたいに空洞になっていて、電燈までついている。栗の木の上までは小さな小さならせん状の階段になっていて、楢夫は言われるままに息切れしながら登って行く。・・・・・。楢夫が着いた所は眩しい昼間の草原、種山ケ原だった。そこで見たものは、草原をいっぱいにした軍服を着た小猿の大軍。大将の号令で楢夫の体を小さな綱で縛ってしまう。そして、楢夫を胴あげすると、体は宙に浮いた。次の瞬間「落せっ。」と大将の号令。小猿共は楢夫が地べたに落ちてくるのを見ようと叫んでいた。楢夫は覚悟をきめて・・・・・・。

【所感】この話の原稿の題名右わきに赤インクで「種山ヶ原 夢中の一情景」と書き込まれてあったそうです。賢治の住む岩手では、きのこは珍しくなかったと思います。でも、キノコの名前が「さるのこしかけ」ですからね。賢治の想像は弥が上に広がっていったのでしょう。それにしても軍服を着た猿とは。賢治の頭から離れなかった時代背景に憂えていたのかも知れません。

絵を描かれたのはさいとうよしみさん(「耳なし芳一」)です。老齢の大将の小猿がアップで描かれている所があります。これから目論むことを表した顔です。見応え充分です。

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「注文の多い料理店」

「オッペルと像」資本家のオッベルと、奴隷のように働かされる白い象は、恰もその当時の世相を風刺した童話でした。それから「わにくん」もまた、ブラックユーモアを感じさせる人間諷刺でした。ワニ君が人間を食べてしまった理由を絵でもわかりやすく描いていました。それに比べて「注文の多い料理店」はミステリアスです。読むのを止めてはいけません。と、暗示をかけられたみたいに、ページを捲ります。そして、最後にやっとわかるのですが。

このお話の冒頭の言葉は、“ふたりのわかい紳士が、すっかりイギリスのへいたいのかたちをして、・・・”とあります。

梅原猛氏は、二人の紳士が食べる立場にいた人間中心主義の殺害精神をあげて、最後に食べられる立場においた所に賢治の鋭い風刺精神があると述べていたけれど・・・。強国の軍備拡大はそんな逆転を一番恐れている現れと言うことにもなりますね。

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Tyuumonn ←絵:池田浩彰 講談社  

     ↓画:小林敏也 パロル舎 Tyuumonn2

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「わにくん」

Wanikunn ペーター=ニクル:作 ビネッテ=シュレーダー:絵 やがわすみこ:訳 偕成社

【話】昔、ナイルの川岸の砂原に、緑色のワニが一ぴき寝そべっていた。そこで散歩に来た二人のご婦人の一人がワニを見て感激。

“まあ すてき、わにのみせに つれていきたいこと!さぞやいろいろやくにたつでしょう。”

これを聞いたワニ君、はるばるその店へと向かった。辿り着いて、目にしたものは、ワニの皮製品を売るお店だった。ワニ君の目から涙が溢れ、そして、ワニ君の逆襲が始まる。美しい売り子のソフィーさんを一飲みしてから、おしゃれなソフィさんの持ち物をすべてナイルに持ち帰る。このときからというもの、・・・・・。

【所感】子ども向けの絵本としてはどうでしょうか。せめて、ワニ君が泣きながら皮製品を持ち帰り、ナイルに沈めてから、川岸の砂浜から消えたことにしていたら、美しい絵とともに小さな子どもの心にも響いていたかも。それでは風刺にならない上に、在り来たりのお話になって、つまらないと言われてしまいますね。とにもかくにも、美しい絵本であることは確かです。

日本では198011刷となっていますが、1975年スイスで発表し、その年に「スイスの最も美しい本賞」に選ばれた作品です。その2年後に(1977年)ライプツィヒ図書展「世界で最も美しい本賞」も受賞しています。お話を書いたのは、シュレーダーの夫のペーター・ニクル氏です。

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「わにさんどきっ はいしゃさんどきっ」

Wanisann 「わにさんどきっ はいしゃさんどきっ五味太郎:作 19848月初版 偕成社

わにさんが虫歯になって、歯医者さん(人間)へ

“同じ場面で 同じ言葉が両方の口からついて出ます。そのちがいが絵で語られるゆかいな、絵本です。”

と、まあ、紹介されているのですが、お互いに声を出したと思われる言葉は、わにさんの虫歯の治療の時「いたい!」と発した言葉。そして、その時、わにさんに思わず噛まれてしまった歯医者さんの「いたい!」位。

最後の「たいへん しつれい しました いづれ また」も声に出してもいい。けれど、これも頭を下げて心の中で呟いたとしてもおかしくない。

そんなわけで、お互いの心中で同じことを同時に、考えていた方が妙を得て面白い。

わにさんが「こわいなあ・・・・・」と思えば歯医者さんも「こわいなあ・・・・・」と、心の中で呟いて・・・・。

子どもの絵本に、ワニやオオカミが出てくるお話が、結構多いです。それも、やさしかったり、ひょうきんだったり。

子どもはワニの大きな口にずらりと並んだ歯を見れば怖いと思うでしょう。またオオカミの牙もそうです。それが前提にあるからこそ、間の抜けたワニに親しみを感じるのだと思います。

五味太郎さんは、その両方をちゃんと使って。ワニは怖いと思って、怯えながら(??)治療する歯医者さんもとぼけて。面白い絵本だけではありません。教訓も「だから はみがき」「だから はみがき」と、しっかりと伝えてありました。

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「さとりくん」

Satori 五味太郎:作 19968月初版 クレヨンハウス

タイトルを見て、まさかあの悟る(物事の道理を明らかに知る。推し量って知る。心の迷いを去って審理を体得する。などなど・・の意)という言葉に鳥を付けた言葉?作者が五味さんですから興味津々で読みました。

絵はいつものように、小さな子ども向けのように描かれてありますけど、言葉は大人向けです。優しい言葉で、悟りの境地をさとりくんが証明していきます。

何てたって、さとりくんは生まれつき悟っている鳥なんですから。どんな時も慌てず、悩まず、騒がず、乱れないのです。

自分が食べられそうになっても「ああ これもまた あることだ」などと悟り、落ち着き払っているものですから、相手も気味悪がってよけてしまいます。でも、さとりくんが少しだけ慌てます。このおちは可笑しいです。

この絵本の悟るとは、目の前で起きていることが嫌なことでも肯定する勇気を持てば楽になると問いかけているようにも取れましたが。

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わすれんぼうのねこ「モグ」

Mogu ジュディス・カー=作 斎藤倫子=訳 あすなろう書房 2007年10月20日 初版発行

【話】モグは特別な猫ではありません。トーマス家のペットです。家族の一員として、自由気ままに部屋中を動きまわって、その度に粗相をしてしまいます。その結果、怒られてばっかり。家を飛び出したはいいけれど、家に入る猫ドアをすっかり忘れてしまいます。真っ暗な庭でしょんぼりしていると、台所のあかりに気が付き、窓を開けてもらおうと、にゃあ!にゃあ!と大きな声でなきます。そのなき声にびっくりしたのは何と泥棒だったのです。・・・・・。

【所感】モグは特別な猫ではありません。それでも人気があるのは、とても身近な存在に感じるからではないでしょうか。作者は1923年、ベルリン生まれ。ナチスの迫害をのがれ、スイス→フランス→イギリスと移住し、1970年、「わすれんぼうのねこモグ」を刊行。ねこのモグはシリーズになり、今でも読みつがれ愛されています。

嬉しそうな顔。とぼけた顔。きょとんとした顔。お茶目な顔。まだまだモグの顔の表情がいっぱいあります。こころあたたまる絵本です。

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文字のない絵本22「漂流物」

デイヴィッド・ウイーズナー作 BL出版

Hyouryuu 「漂流物」は2002年「3びきのぶたたち」に次いで3度目のコールデコットの受賞作品だそうです。

”【ひょうりゅうぶつ】flotsam(英)

海上の水上に浮かんでいて、流れのままにただようもの。

やがて、それはどこかの浜辺に、うちあげられることだろう。

そして、それを見つけた者はとても驚き、だれかにつたえずにはいられない。・・・・・・。”

ウイーズナーの絵本はユーモアがあって奇想天外。文字がないのですから絵をじっと見て自分で解き明かすしかありません。空から陸へ。今回は海中の魚たちです。

浜辺で拾った古いカメラに写っていたもの。魚だけではありません。人種の違う子どもたち。少年はその古いカメラに自分も撮ります。満面の笑顔で。

そして、そのカメラは・・・・・・。

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「黒グルミのからのなかに」

Kurogurumi 文 ミュリエル・マンゴー 絵 カルメン・セゴヴィア 訳 ときありえ 西村書店

【話】ポールという男の子は母親の命を引き取りにきた死神の老婆と出会う。母の命を奪う死神と闘って勝ち、そして、黒グルミのからのおくに押し込み、穴をふさいだ。それから、海に放り投げた。

母親は元気に。その変わり、人間が生きていくために食べていた野菜も、魚も、牛も、豚も、取れなくなってしまう。死神がいなくなって死ねなくなった生き物たち。すべてポールのせいでした。ものごとを自然の流れに戻すために、ポールは死神の入った黒グルミを探しに広い海原へと・・・・・。

【所感】このお話はスコットランド民話をもとにして書かれたそうです。人間が狩りをしていた頃、動物と同じようにお互いに命の循環を繰り返して生きてきました。その輪から人間だけが抜けて、生き物を自由に捕まえたり、採ったりして食べて生きてきました。それが、さも当たり前のようになって。死から生を考えようとしたこの絵本のストリーはとても斬新でした。色彩も淡白でさりげなくて、味わい深いです。

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「紙しばい屋さん」

Kami1 作:アレン・セイ 2007320日 第1刷発行  ほるぷ出版

巻末に記された作者紹介

1937年横浜生まれ。アメリカ在住。中学生時代に東京で漫画家の野呂新平に師事し、絵を学ぶ。16歳で渡米し、兵役を経て写真家に。・・・・・

略歴を見て、改めてこの絵本を見ると、氏の子ども時代に経験した風景を望郷の念で描かれたのだろうと。

東京大空襲をもろに受けた私たち家族。焼け野原になった下町と焼夷弾の直撃を受けなかった下町。その差は生活に歴然と表れた時代。それでも子どもたちはみんな紙芝居のおじさんの来るのを楽しみに待った。透きとおた水あめを買って、真っ白になるまで捏ねて競い合った。それが終わると、いよいよ紙芝居が始まる。飴をなめながら見た紙芝居。絵本の中の子どもたちに懐かしさを感じます。絵は綺麗すぎますけどね。

氏の作品「おじさんの旅」「はるかな湖」も無駄な線がなくすっきりした美しい絵でした。

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「あけるな」

Akeruna_2  谷川俊太郎・作 安野光雅・絵  ブッキング

この絵本を手にしたとき、新しいしっかりとした表紙にまず、おや!と思いました。2年前に市の図書館の書庫(倉庫みたいな所?)にあるのをわざわざお願いして出して頂いた。よれよれの表紙でした。その絵本が復刊(底本→1976年:銀河社刊)したのです。

そんな絵本に出合ったのですから、ここでも取り上げない訳にはいきません。開けるなと言われて思い出すお話は“「浦島太郎」の玉手箱”、このブログでは(2007年5月)“ペローの「青ひげ」の部屋”。

玉手箱を開けてはいけないと言った乙姫さまは、早く現実を受け止めて欲しいと思ったからでしょうか?青ひげの開けてはいけない部屋は恐ろしい部屋でした。そして、どちらも意図的に開けさせるために使った言葉のようですね。

「あけるな」も勿論、開けるなと言われれば開けるのが心理だと。ただ、その好奇心は誰もが持っているもの。終わり方は?

子どもたちがワクワクして、最後はほっとするように描いたのかも。また、お話の続きも自分たちで作れるように期待したのかな・・・・。

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「おうさまババール」

Babaru ジャン・ド・ブリューノフ:さく やがわやすこ:やく 評論社

この絵本は「ぞうのババール」全<10巻>を19741024日に初出版された中の3巻目です。

1巻は「ぞうのババール」というタイトルです。大きな森で生まれたババール。幸せな日々を過ごしていた。そんなある日、狩人が来て母親象を撃ってしまいます。ババールは捕まったら大変とばかりに逃げます。知らない人間の世界へと。そこで像の気持ちなら何でもわかる大金持ちのおばあさんに出合います。洋服を着たババール。おばあさんの家で暮らして2年経った。その2年間でババールはいろんなことを学び、やがて故郷に戻り王さまになります。

2巻目は「ババールのしんこんりょこう」です。

3巻目は「おうさまババール」です。

ババールは新しい都をつくる決心をします。その街づくりの様子が事細かに書かれているのです。

私が読んだのは1巻と3巻と8巻の「ババールのはくらんかい」だけです。そのババールの新刊(2008年6月20日)が出ました。「ババールのどろうぼうをさがせ」です。

ジャンの息子のロランの作品でした。大型絵本です。父親の後を引き継ぐ位、このシリーズは人気があったのですね。

私が薦めるとしたらやっぱり「おうさまババール」です。姿かたちは象ですけど、洋服を着た像は人間そのもの。やさしい王様です。子どもは王さまの話が好き。そして像も・・・。

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