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2009年2月

「三ねんねたろう」

3nenn_2 ぶん:おおかわ えっせい え:わたなべ さぶろう ポプラ社  19677月第1

【話】ねたろうの家は貧しく田んぼも畑も少なかった。ほんの少しとれたお米を役人や地主に収めると、ほとんど残らなかった。病気の母親が「いまちっとおこめのごはんがたべたいのう。」と言っていたが、ある日、ぽっくり死んだ。若者がねたろうになったのはその年の夏だった。ねたろうがねたろうになって、三年三月たった。ねたろうは、むっくり起きると、村堺を越え、隣村を越え、大きな川まで来た。この川から水をひけばお米がとれると言った。村のものは、こんな遠くから水がひけるわけがないと相手にしなかった。ところが・・・・。

【所感】この話に登場する寝太郎は農民伝説、「厚狭の寝太郎」の再話だそうです。働いても働いても満足に食べられなかった江戸時代の農民。

農民が働かないということは、お役人に盾を突くようなものです。武力も権力を持たない農民の寝太郎のとった行動は働かずに寝るという行為でした。とりたての厳しいお役人をものともしないで、寝続け、三年後、寝太郎は田や畑に水を引く灌漑用水工事に取り掛かります。遠い遠い川から水を引く作業。不可能と思っていた農民も手伝い始めます。その努力の甲斐あって村に水が引かれて、お米も毎年とれるようになるのです。

実は、寝太郎は農民の夢を実現した英雄のお話なんです。絵も言葉も子ども向きに書かれていますけど。

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「ヤマトタケル」

Yamato 那須正幹・文 清水耕蔵・絵 20057月 第1刷 ポプラ社 

古事記の倭建命(ヤマトタケルノミコト)を基にして書かれた物語絵本です。

【話】オホタラシヒコの天皇(すめらみこと)に、オホウスとヲウスという名の二人の息子がいた。兄のオホウスは天皇に対して、時として不遜な振る舞いをとる若者であった。弟のヲウスは、見た目は美しく、やさしいが、力が強く、気性の激しい若者であった。

あるとき、オホウスが食事に出ないので、天皇はヲウスに、兄に正すよう命じた。ところが、五日たっても、オホウスが顔を見せないので、ヲウスに訊ねた。すると、平然と、手足をもぎとり、こもに包んで投げ捨てたと答えた。

これを聞いた天皇は息子のヲウスを恐れた。そして、直ちに、西の方に朝廷に逆らう、クマソタケル兄弟たちを討ちとってくるように命じた。ヲウスはまだ、前髪のとれない若者だったが天皇の命令に従って兵も連れず、御所を出発した。

クマソタケル兄弟を討ち取った時、弟のクマソタケルから、「大和より西で、我々兄弟より強く、猛々しい者はいない。これからはヤマトタケルと名のりなさい」と。

ヲウスは名をヤマトタケルと改め、道中、あちこちの山の神や、川の神を服従させながら、大和の国に戻った。しかし、天皇は喜ぶどころか、ますます恐れおののいた。またもや、次の命令を下した。

「こんどもまた、兵隊もつけないで、東方の十二の国を平定せよとのご命令です。父上はわたしなんか死んでしまったほうがいいと、おもっておられるのでしょうか」と叔母に言った。・・・・・・・・・。,

【所感】景行天皇の皇子の一人、ヤマトタケルは大和朝廷の王権を確立するために、諸国を平定した英雄で、伝説上の人物です。ヤマトタケルの死後、魂が真っ白な大きな鳥になって墓から飛び立ち大空へと舞い上がり、大和の国を飛び越えて、降り立ったのは、河内の国の志幾という所でした。

父親から疎まれ、恐れられたヤマトタケルは、最後に伊吹山の神を退治に行くとき、守り刀をミヤズヒメに預けて出発しています。物語には「さほどの神ではあるまい」そう考えて・・・・。とありますが、ヤマトタケルの心に、無意識なのか、意識的なのか何れにせよ大和に戻る気は失せていたのでないでしょうか。父親から命じられるままに、たくさんの人を殺したヤマトタケルは、死んでやっと救われ、自由の身になったのだと思います。

古事記に“倭建、熊曾を伐つ” 日本書記には“日本武尊、熊襲を伐つ”と、記載されています。同じ人物ですが、物語としては、古事記のヤマトタケルノミコトは過酷な生涯をおくり、日本書紀のヤマトタケルノミコトは、天皇からも愛される理想の英雄になっています。

清水耕蔵さんの絵に誘われて、読みました。カタカナの名前が多くても、絵を眺めて読めば、苦にならないですよ。

参考文献:新装版 日本古典文庫1 「古事記・日本書記」 福永武彦・訳 河出書房新社

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「にほんたんじょう」

Nihonn  岸田衿子・文 渡辺 学・絵 岩崎書店 1967年刊の再刊 2002年4月

【話】古代の人々が、人間はいつ、どこからきたのかと考えたとき、神々の創造によるものと考えた。天の世界の(高天原)からイザナギ、地上の世界(葦原中津国)からイザナミが生まれて、二人は結婚した。その子として日本列島(大八島の国)が生まれた。国生みが終わると、二人の神は、家の神、山の神、川の神と多くの神を生んで、豊かな生命で満たそうとした。けれど、火の神を生んだときに、イザナミはその炎に焼かれて死んだ。

イザナギは火の神の首を切った。その血から剣の神や、雲の神、いくつもの神々が生まれた。それでも、イザナギの気が治まらず、妻を追いかけて死の世界(黄泉の国)に行く。イザナミは死んで腐りかけていても、まだ埋葬されていなかった。黄泉の国は地底にあり、暗黒の世界。イザナギは、ご殿の石の扉を叩いた。

すると、中からイザナミの声が聞こえた。イザナミは、夫に、何故もっと早く来れなかったのかと。すぐには帰れないけれど、こちらの神様に聞いてくる間、この扉を開けないでと言った。イザナギは、待ち切れず、扉を開けてしまった。そこで、見たものは・・・・・・・。

イザナギは黄泉の国から、やっと生きた人の住む国に戻り、汚れた体を洗うため裸になると12人の神様がうまれ、顔を洗うと左の眼から「あまてらす おおかみ」がうまれ、右眼からは「つくよみのみこと」がうまれ、鼻のさきからは「すさのおのみこと」がうまれた。姉は、空の上。次の弟は、夜の世界。下の弟は、海の上。とそれぞれに大事な仕事につかせた。

【所感】開けないでと言われて、開けた。見ないでと言われて、見た。そのタブーを守らなかった結末は、必ず悲劇が待っています。妻の腐れかけた体を見て、恐ろしくなって逃げるイザナギ。逃げる夫に、あなたの国の人たちを、毎日、千人ずつ殺す。ならば千五百人子どもを増やすと返答したイザナギ。

そこにいるのは、妻だったイザナミではない黄泉の国の人。イザナミはどこまでも哀れ。それにしても、古事記に書かれている「日本誕生」、絵を見ながら、楽しみましょう。

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「虫めづる姫ぎみ」

Musi 森山 京・文 村上 豊・絵 ポプラ社 20035月第1

【話】”ある大納言に、ひとりの姫ぎみがいらっしゃいました。”この姫ぎみは、何より毛虫が好きという。その時代、身分の高い女性は、書き眉を作り、お歯黒にするのがきまりになっていた。この姫ぎみは、その決まりはおろか、お化粧すらしなかった。近所の男の子たちと一緒に虫集めに夢中だった。人々は姫ぎみのことを「虫めづる姫」と呼んだ。

【所感】「虫めづる姫ぎみ」は堤中納言物語に収められている物語のひとつです。平安時代の後期以降にまとめられた短編物語集堤中納言という過去の実在人物の名前を、意図的に使ったのか、それとも、単にまとめるためにつけたのかは、定かではありません。

貴族のお遊び(物語合わせ)に作ったお話です。虫好きな姫に若い公達が、近づきます。当の姫はとにかく虫に気を取られて頓着しません。父親から忠告された時でさえ、着物の材料になっている絹は、元をただせば蚕がまだ羽のはえないうちに作りだすもの、と返答をして、ぐうの音も言わせない。さらに、侍女からも諌められると、恥ずかしいことなど何もなく、この世は儚く、いつまで生きていていいことだの、悪ことだのと言っていられない。と、きっぱり言う。平安時代は男性中心の貴族社会です。にもかかわらず宮中の女性に、こんなお話を聞かせる女性がいたんですね。

☆『虫めずる姫ぎみ』は、1977年、国土社から出版された絵本もあります。今関信子・文 白根美代子・絵

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「イソップのお話」

河野与一編訳 岩波少年文庫 1955年第1刷 2007年新版第9刷 少年少女のために選りすぐった300編は、原典ギリシア語から訳されたそうです。その文庫版に収められていたお話からです。

「山のロバと家のロバ」

【話】山のロバが、日なたでぶらぶらしている家のロバを見て、側へやって来て、ご馳走を食べて太っているのが羨ましいと言った。ところが、しばらくして家のロバは重い荷物をしょわされ、ロバひきが後ろから棒でぶっていた。

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【所感】田舎のネズミとハゲイトウと山のロバと仲間が増えました。この本では「野ネズミと家ネズミ」「バラとケイトウ」と若干タイトルが違っていますが、同じお話です。

教訓は危ないことや、辛いことがついてまわる利益は、羨ましがるには及ばないとなっています。

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イソップ「19のおはなしとイソップにまつわる伝説と歴史 」

バーバラ・ベイダー:文 アーサー・ガイサート:絵 いずみちほこ:訳 セーラー出版

この本一冊で、イソップの伝説と歴史の概要がわかり、そしてアーサー・ガイサートの地味な絵が寓話をより効果的にあらわし、また文もわかりやすい言葉で訳されています。

イソップの誕生にはいろいろな伝説があります。

最初の主人のクサントゥスは哲学者で、競り市にかけられたイソップと問答をはじめます。勿論、事実かどうかわかりませんけど、可笑しいのです。

A:お前はどこから(きたか)

B:肉から(肉でできた人間)

A:そうではなくて、どこで生まれたのだ。

B:母の胎内で

A:いやいやいかなる場所で生まれたのかと聞いているのだ。

A:寝室でか食堂でか、おっ母さんから聞いていない。

クサントゥスはわずかなお金でイソップを買って、召使いにしました。イソップが自由を得たのは、王さまから難問を課せられたクサントゥスを助けたからでした。自由を得たイソップは、伝説によれば、アポロンの神託所として名高いデルポイで聖物窃盗の濡れ衣を着せられ、断崖から突き落とされたそうです。

それから以後、デルポイの人々は疫病に見舞われます。罪滅ぼしとして、イソップ殺害の補償金を出すことにし、ギリシア中に告知をしました。イソップに身寄りはなく、受け取りに来たのはかつての主人イアドモンの孫だったそうです。

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イソップは実在人物?

ソップの実在性について、”歴史的実在を証明するかと思われる古文献も一つしかない”(*中務哲郎)と言っています。その古文献とはヘロドトス著の『歴史』の中に記述されている僅か数行の文です。

ヘロドトスは、ギリシアの歴史家で、「歴史の父」と呼ばれた人物です。紀元前5世紀、ギリシアとペルシアの戦争を、後世に伝えるために、その当時の説話や、風土習俗も織り交ぜて、書いたといわれています。

その壮大な物語に、僅かなスペースに、イソップのことが書かれています。エジプトのピラミッド建造に絡んだ話の中に遊女ロドピスの名前があり、”そのロドピスは生まれはトラキア人で、ヘパイストポリスの子イアドモンというサモス人に仕えた奴隷でした。かの寓話作家アイソポス(イソップ)とは朋輩の奴隷であった”というのです。

この文献から、ほぼ実在していただろう、となっているようです。

「イソップ寓話集」中務哲郎訳 岩波文庫 1999年(新訳471篇)

ヘロドトス著「歴史」岩波文庫 上・中・下 松平千秋:訳

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「イソップのお話から」

Isoppu1_2  バーナデット絵 やがわすみこ訳 西村書店 1990年1月20日 第1刷 20編

「まちのネズミといなかのネズミ」

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【話】町のネズミは田舎のネズミの食事があまり粗末なので、町のネズミの家に連れてきた。ハムやチーズ、パンにオートミールだのと、見たことのない、ご馳走に大喜び。でも、そこは人間の住む家でした。人の気配を感じるたびに、二匹は穴に逃げた。田舎のネズミは、びくびくして贅沢するより、貧しい食べ物でも、呑気に暮らせる田舎がいいと思った。

「バラとハゲイトウ」

【話】バラとハゲイトウが、同じ庭に咲いていた。ハゲイトウはバラが羨ましかった。みんなに愛され、もてはやされ、姿も匂いもいい。バラはしんみりした声で答えた。バラの命は短く、すぐ散ってしまう。けれど、ハゲイトウはいつまでも若くて、長く生きていられる。一時の贅沢より、質素に長く生きられるほうがいいと。

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【所感】この絵本には教訓が書かれてありません。寓話と呼ばれるお話につきもののお説教は、敢えて、省略したそうです。

田舎のネズミとハゲイトウは町のネズミとバラが羨ましかったけれど、でも、よく考えたら、自分の方が幸せかもと。この対比は、何通りでもできそうですね。人の心は2500年経ても変わらないと言うことでしょうか。イソップは紀元前6世紀の人で、それも奴隷の身分だったと言うのですから。彼の頓知は生きていくため唯一の武器だったのかも知れません。しかし、そのイソップも非業の最期を遂げています。

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「眠い町」

【話】この町を通る人は、急に体に疲れを覚えて眠くなり、そして、目が覚めた時は、もう、日暮れになってしまっていた。この話を聞いた旅人は恐れて、この町を避けた。ケーは人々の恐れるこの「眠い町」に好奇心に誘われて行く。そこで、ケーは町の主であるおじいさんに出会う。おじいさんは疲労の砂漠から、砂を袋にいれて持ってきた理由をケーに話す。

おじいさんは昔から、美しい山や、森林や、花の咲く野原を愛してきた。ところが、今の人間は少しの休息もなく、疲れと言うことも感じなくなり、地球破壊を続けている。いつかこの地球上には1本の木も、花も見られなくなってしまう。おじいさんはケー少年にこれから歩くところの世界、地球にこの砂をまいて欲しいと頼む。

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【所感】「野ばら」で登場したおじいさんが蘇ったような気がしました。地球が砂漠化してしまう恐れを抱いていた未明に、耳を傾けた人は、何人いたのだろう。

Nemui 作:小川未明 絵:堀越千秋 出版社:架空社  2006/10

“この少年は、名を知られなかった。私は仮にケーと名づけておきます。ケーがこの世界を旅行したことがありましたある日、彼は不思議な町にきました。この町は「眠い町」という名がついておりました。”

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「野ばら」

ポケット日本文学館10 講談社 1995年7月15日 第1刷 著者:小川未明・坪田譲治・浜田広介

小川未明著「野ばら」 

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【話】大きな国と小さい国の国境で見張りをしていた二人の老人と青年の兵士。しばらくは戦争もなかったので、いつしか将棋を打つほどに。でも、戦争になった時、青年は老人のもとを去った。ひとり残された老人の兵士は、青年の身を案じつつ、日にちがたち、ある日、旅人に戦争がどうなったか尋ねた。小さな国が負けて、その国の兵士は皆殺しにあって、戦争は終わったという。

軍隊を率いる青年が老人の前に来て、黙礼し、ばらの花をかぐ。老人が言葉をかけようと思ったとき、目が覚めた。それは夢だった。それから、ひと月後、野ばらは枯れてしまい、老人も国境を去って行った。

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【所感】短編ですが、何ともいえない情感があります。老人の脳裏に去来したものは何だったろうと、ふと考えてしまいます。非戦を訴えったお話です。

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「赤い蝋燭と人魚」

Akai 小川未明:原作 酒生駒子:絵 20021月第1刷、20035月第3刷 偕成社

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【話】海岸の小さな町。お宮のある山の下で小さな蝋燭を商いにしている老夫婦がいた。その老夫婦には子どもはなく、お婆さんはお参りの帰りに、赤ん坊を拾った。お爺さんは、これは、人間の子じゃないが、神様から授かった子どもだから、大事に育てなければと、その日から、育てることにした。

大きくなった娘は、お爺さんの作った蠟燭に、赤い絵の具で、魚や、貝や、海草のようなものを上手に描き、それが評判とになり、よく売れた。その度に娘は手の痛くなるほど蠟燭に絵を描き続けた。

ある時、南の方の国から、香具師がやってきて、娘が人魚であることを知ると、老夫婦に売って欲しいと頼んだ。再三、断ってきたが、気の小さい老夫婦は香具師に脅され、大金を積まれて、売る約束をしてしまう。

大きな鉄格子のはまった四角な箱を車に乗せて、香具師がやってきた。娘は、その日も、知らずに絵を描いていた。お爺さんとお婆さんが連れ出そうとした時、娘は、せき立てられたため、絵を描くことができずに、みんな赤く塗ってしった。娘の描いた蠟燭が評判になった理由には、絵が奇麗なだけでなく、もうひとつ不思議な力を持っていた。山の上のお宮にあげたその蝋燭の残りを身につけて海に出ると、船の転覆もなく、災難にも合わないという。でも、赤く塗られた蝋燭は、逆に大暴風雨を起こす・・・・。

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【所感】人魚の母親は、暗い海の底でなく、明るい美しい人間の町、優しいと聞いている人間の世界で、我が娘の幸せのために、陸で産んだのっだった。その思いが裏切られた母親は老夫婦を訪ねるのですが、そのシーンは、まさに何かただならぬ気配を感じさせます。

未明が、27歳の時、新聞記者などすべての勤めをやめて、文筆に専念したため、生活は苦しくなり貧困に。やがて長男6歳(1914年)、長女12歳(1918年)が相次いで死去。「金の輪」はその翌年に発表、翌々年に「赤い蝋燭と人魚」1921年(大正十年)「東京朝日新聞」の夕刊に連載。

「アンデルセンの生涯」の著者山岸氏は“加害者である人間にも、被害者である人魚にも、浄化はなく、救いはない。だから物語(「赤い蝋燭と人魚」)は、やりどころのない憤りを残すだけだ。”と述べています

この作品の連載を始める2年前に、ふたりの子どもを栄養不良で亡くした未明は、親としての慟哭が、この人魚の母親になり、そして、老夫婦は自分が受けるべき罰として描いていたのではないでしょうか。

人魚の母親の荒れ狂った場面こそが、わが子へ謝罪(救い)を表しているように思います。それにしても、町が滅びてしまうとは。

絵本としてはコンパクトで正方形です。絵は勿論言うまでもありません。素敵です。

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アンデルセン原作「にんぎょひめ」「人魚姫」

①「にんぎょひめ」ぶん・その あやこ え・いわさき ちひろ 偕成社 1967121刷 作家の曽野綾子さんの文です。簡潔な文書で、小さな子どもにもわかるように書かれており、絵も岩崎ちひろさんの画風で、より幻想的な世界を美しく描いています。

②「人魚姫」

ラズロ・ガル絵 マーガレット・マローニー再話 かつら ゆうこ 訳 ほるぷ出版 19858月1刷 原作に忠実なマーガレット・マローニーさんによる再話です。訳された桂宥子さんのあとがきには「人魚姫」の原画を見た時から、日本の読者に紹介したいと願って、やっと実現したとのこと。

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【話】海に住む人魚姫が、嵐で難破された船から放り出された王子を助けてから、その王子に恋い焦がれ、大きな代償を払って人間になる。舌をきられた人魚姫の思いは王子に伝えることもできないまま、海の魔女と交わした掟に従って海に飛び込む。波間に泡となって消えていき、空気の娘たちと一緒に空高く舞いあがっていった。

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【所感】「人魚姫」の出だしの文章から部分的に抜粋。“遠い海のはるか沖合では、水がヤグルマギクのように青く、水晶のように透き通り。・・海の底は白い砂浜、何もかも青い光で包まれた海の底。・・人魚の王さまのお城は、サンゴの壁にアーチの琥珀の窓。屋根はたくさんの真珠貝。くれない色やあい色の木が茂る庭。木の実は金色に煌めき、花は火のように輝く”

等々の言葉はまるで、これから始まる舞台の演出家が説明しているようです。人魚姫が住んでいた夢の御殿は地面の下。人間の住む陸は地上。アンデルセンが愛した女性は地上の上流貴族でした。人魚姫のように、もともとかなわない恋でした。彼の切々とした思いは、湧水の如く、こんこんと言葉になって出てきたのだろうと思います。彼の体験した心情が最も童話に反映された作品かも知れません。彼が32歳の時1837年に出した「人魚姫」は(『子供のための童話集』第三冊に収録)、人々に感動を与え、童話作家として認めさせ、名声を得ることになった代表作です。,

参考文献:著者山室 静「アンデルセンの生涯」 初版1975年6月20日 新潮社

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グリム童話「ねむりひめ」

Nemurihime フェリクス・ホフマン え せた ていじ やく 福音館書店 1963101日発行 1996年第52

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【話】むかし、あるくにの、王さまとお妃さまにカエルの予言どおり、待望の子どもが生まれた。お祝の宴会に、占い女たちまで招いた。その国に13人いたけれど、金の皿が12枚しかなかったので、一人だけ呼ばなかった。宴会は華やかに行われ、その終わりに、占い女たちが子どもに、良い心、美しさ、お金持ちになる幸せを、と云う風に、この世で欲しがるものを贈った。11人まで贈り物が授け終わった時に、呼ばれなかった13番目の占い女が入って来るなり、姫は15になった時、錘(糸巻きの心棒)にさされて死ぬと、大声で叫び、その場を立ち去った。誰もがぎょっとした。ところが、まだ一人だけ贈り物を授けていなかった12番目の女が呪いの言葉を取り消すことはできなかったが、軽くすることはできた。姫は死なない変わり、100年の間、ぐっすり眠ってしまうと。王さまは、国中の錘を焼き捨てるよう命じた。

姫が15になったある日のこと、たまたま一人、城に残り、気の向くままに、あちこち見て回って、古い塔の狭い螺旋階段を上った。小さな戸口の錆びた鍵を回すと、戸が開き、おばあさんが麻糸を紡いでいた。ぐるぐる回っている錘を手に取ろうとした時、指を刺し、その瞬間、姫は、そばにあった寝床に倒れ、深い眠りに落ちた。そして、この眠りは城じゅうに広まり、やがて、城の周りには、いばらの生垣が茂り、すべてを包み隠した。・・・・・・。100年もの間、この呪いは誰も打ち破ることはできなかった。しかし、ちょうど100年経って、・・・・。

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【所感】この絵本の占い女は、仙女、魔女、賢女、と訳されている本もあります。13番目の占い女のかけた呪い、100年の眠りについて、高橋義人著「グリム童話の世界」ヨーロッパ文化の深層へ(岩波新書)に、興味深い記述がありました。

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“浦島太郎と同じように本当は死んで、竜宮城にも似たあの世に遊んでいたのかも知れない。ところが「浦島太郎」に見られるように、メルヘンではあの世に旅立ったはずの主人公がかならずこの世に戻ってくることになっている。それは、おそらく、メルヘンを語り継いだ農民たちが、冬が終わって春が再訪すると死んだ作物が再生するように、メルヘンの主人公も元気に蘇ってほしい、と願ったからにちがいあるまい。”と、

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そして、農民を主とする名も知れぬ民衆たちは、「この世からあの世を経て、ふたたびこの世に」というこのメルヘンの基本構造を作り、そして、100年の眠りから目を覚ますという、より神話的な話へと徐々に作り変えて、その神話性に、さらに磨きをかけたのが、グリム兄弟だと。

自然と共に生きた農民の祈りが、神話をつくりだしたとするなら、その豊かさに感歎し、改めて思う、生活から編み出したメルヘンは民衆の心の支えだったのだろうと。

眠りから覚めた姫が不幸では、あくる日の労働にも差支つかえただろう。故に、ハッピエンドでなくてはならない。

語り継がれた昔話をグリムが原話に戻そうと努力し、また、当時の支配者に服従して、手を加えていても、大衆がそれをおしはかってきたからこそ、世界中で、今尚、読まれているのだろうと思います。

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グリム童話「いばらひめ」スベン・オットー え  矢川澄子 やく 評論社 この絵本が新しく出版されています。

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「ヘンゼルとグレーテルのおはなし」

Hennzeru グリム原作 バーナデット・ワッツ 文・絵 橋本友美子 訳 BL出版 2006年11月30日 第1刷発行

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【話】貧しい木こり夫婦には、二人の子どもがいた。ある年の飢饉で、食べる物も手に入らなくなった。残っているのは、ほんのわずかのパンだけになってしまった。ヘンゼルとグレーテルの兄妹が、森の奥深くに捨てられて、お菓子の家を見つけて、森から脱出するまでのお話。

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【所感】ここで、再確認させられたのが飢饉でした。口減らしに子どもを捨てたり、働けなくなった老人を捨てたり、身売りしたり、飢饉による悲劇は日本の歴史にもありますね。百姓一揆も、米の不作にもかかわらず、厳しい年貢米の取り立てに苦しんだ農民の闘争です。家族を救うために娘を身売りさせたこともあったのですから、子どもを捨てた親もいたでしょうね。

ヘンゼルーとグレーテルとお菓子の家は、はっきりと記憶にありながら、飢饉と言う、あまりに現実的な言葉はスッポリ抜け落ちていましたね。昔話は現実に起きたことをネタにして、一変に空想の世界へ導いていくのですからね。大人は戸惑いますが、子どもは面白いと思います。それに、小さな兄と妹が主役ですからね。絵も可愛らしく、森も明るく、色彩豊かな絵本です。

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「三びきのこぶた」

Sannbiki ≪こどものとも≫傑作集 イギリス昔話 瀬田貞二 訳 山田三郎 画 福音館書店 196051日発行

ジョーゼフ・ジェイコブス(1854年~1916年)オーストラリアで生まれて、シドニー大学教授を経て後、ケンブリッジ大学で人類学と文学を学ぶ。イギリス民族学協会の創立に尽力し、同時にイギリス、アイルランドの昔話集を数多く出版した。

この絵本にはイギリスの昔話とだけありますが、「ジャックと豆の木」「三びきの子ブタ」などのお話を集めたジェコブス昔話集が一般的に知られています。さて、このお話はあまりにも有名でちょっと忘れている方の為に。

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【話】昔、ある所に、母さん豚と、三匹の子豚がいた。貧乏で、育てきれなくなった母さん豚は、三匹の子豚に自分で暮らしていくように他所に出した。最初に、出かけた子豚は藁束を担いだ人に会い、その藁束を貰って家を建てた。次の子豚は枝で家を建てた。二匹の子豚は狼に家を吹き飛ばされて食べられてしまった。三番目はレンガを貰って家を建てた。狼は頑丈な煉瓦の家の煙突から入いり・・・・・。

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【所感】三番目の子豚は骨の折れる煉瓦の家を建てたことから、働き者です。そして、狼は一度目はかぶ畑、二度目はりんごの木、三度目はお祭りと誘惑をしたのですが、先回りして子豚はかぶも、りんごも、手にいれ、お祭りも見て、難なく家に帰ってしまいます。ここでは子豚の賢さを表しています。生きていくのに、働き者だけでも駄目なんですね。また、賢いだけでも。最後に狼を煮て食べてしまう、そんな、したたかさ、がないと。

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グリムの「シンデレラ」

グリム原作 ノニー・ホグローギアン文・絵 矢川澄子訳 佑学社 

1986930日 第3刷発行

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【話】母親が亡くなって、まもなく父親は再婚した。継母には二人の連れ子があり、心は冷たく残酷な姉妹だった。義理の妹のきれいな服を脱がせ、ボロと古い木靴を与え、朝から晩までこき使い、ベッドすら与えなかった。かまどの灰の中で寝るより仕方がなかった娘。いつしかシンデレラ(灰かぶり)と呼ばれるようになった。

シンデレラは亡き母のお墓に、はしばみの木を植えた。その木は魔法の木。その木をねぐらにしていた魔法の白バトが、舞踏会に行く晴れ着、靴、馬車から御者まで、すべて揃えてあげた。

最後の舞踏会の3日目に、約束の12時が鳴り始めて、シンデレラは慌てて御殿を抜け出した。王子様が追いかけて、見つけたのは片方の金の靴だけだった。

あくる日、この金の靴にぴったり足の合う娘と結婚するというおふれをだした。金の靴に会う娘は見つからない。シンデレラの家にも、ついに王子様がやってきた。上の姉さんはつま先を切り落として無理やり靴をはいた。下の姉さんはかかとを削って靴をはいた。二人の足から血が流れていることを、その都度、白バトは王子様に気付かせる。

そのおかげで、シンデレラにも靴をはくチャンスが巡ってきて、ポケットからもう片方を取り出してはくと、ぴったりおさまった。

王子様は、やっと舞踏会の美女がシンデレラだとわかって結婚した。嘘をついた二人のまま姉さんたちには罰があたえられた。その罰とは・・・。

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【所感】ペローのシンデレラ版との大きな違いは、仙女と白バト、ガラスの靴と金の靴、ラストに二人の義理の姉たちに罰が降るところです。

継母は実の娘でさえ、つま先やかかとを切り落とすのですから酷いですね。

グリムのシンデレラは、靴より、白バトのイメージが大きいです。意地悪なお姉さんたちの制裁も白バトがしますからね。

グリム童話はドイツでは聖書の次に売れている本だそうです。姉たちのような苛め程度では、日本と同様、法律は何の役にも立たないのでしょうか。せめてグリムの童話でと、思ったかどうかわかりませんが。でも、案外、グリム兄弟が思っていたことかも。

グリムの書く物語が残酷だと感じるとしたら、人間としての感性が備わっている証しともとれるのですが。

同じグリム原作でスベン・オットー(「灰かぶり」訳:矢川澄子)の絵本が、昭和61530日、評論社より出版されています。スベン・オットーの絵は、継母親子の憎々しさが、実にリアルに描いています。どちらも図書館でしか見られない絵本と思いますが、美しさと味わいのある絵です。

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ペローの「シンデレラ」

「または、小さなガラスのくつ」ペロー童話/エロール・ル・カイン 絵/中川千尋 訳 ほるぷ出版 1999531日 第1刷発行

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【話】子ども向けの絵本として、文もエロール・ル・カインが書いています。その為、省略された箇所もありますが、ほとんど影響ないでしょう。というのも、名付け親の仙女が現れて、かぼちゃは金色の馬車に変え、六匹のネズミは毛並みの良い馬に、クマネズミは髭の立派な御者に、トカゲは六人のお付きものに、と魔法の杖で変えていく様子や舞踏会に着て行くドレス、ガラスのくつとお話の小道具はそろっていますしね。心のやさしいシンデレラは王子様と結婚する同じ日に、意地悪だった二人のおねえさんにも身分の高い貴族と引き合わせて結婚させていますから。

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【所感】ペローは、ルイ14時代の(フランスの絶対王政を確立)高級官僚でしたから、宮殿の様子は、お手の物でしょう。また、女性の洋服も。ペロー版シンデレラ物語はディズニーのアニメ映画にもなっていますね。全てが華やかで、美しい世界はまさに夢物語に相応しい。そんな夢の舞台となった宮殿。現実は、ルイ16世でフランス革命が起こり、王政廃止に。フランスの王さまも処刑され、お妃のマリーアントワネットまで処刑されて。

ペロー童話に登場する王子様やお姫様は権勢をほしいままにしていた頃の貴族の姿ということかも知れません。訳者のあとがきには「シンデレラ」の類話は世界各地にあり、そのバリエーションは数百にものぼるそうです。

日本でシンデレラ(英語)と言えば、ペロー童話のサンドリヨン(フランス語)の「灰まみれの少女」の物語の方が有名ですね。グリムの「シンデレラ」は次回に。

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