*1974年:作家賞=マリア・グリーペ
1923年、スウェーデンのストックホルム近郊の町ヴァスクホルムに生まれる。ストックホルム大学で文学と哲学を学んだ。1954年のデビュー以来、書き続けている。その作品群はファンタジーと現実的な物語に大別されているが、それは、全く切り離されたものではなく、どちらが主流になって書かれているかで二分されているようである。
1962年「ヒューゴとジョセフィーン」北国の虹の物語2、1964年「忘れ川をこえた子どもたち」(冨山房)―大久保貞子:訳。「夜のパパ」「夜のパパとユリアのひみつ」(ブッキング)―大久保貞子:訳。
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「忘れ川をこえた子どもたち」
マリア・グリーペ:作 大久保貞子:訳 ハラルド・グリーペ:絵 冨山房 1979年第1刷
この作品の原題は「ガラス職人の子どもたち」なのだそうで。これをもっと分かりやすくすると、“忘れ川をこえたガラス職人の子どもたち”ということになる。忘れ川という言葉が出てくるのは第二部の願いの町から。第一部は、ガラス職人のアルベルト一家の紹介。夫のアルベルト、妻のソフィア、子どもは、幼い姉のクララと弟のクラース。アルベルトの作るガラス器はこの上なく美しかったが、商売は下手だった。その為、生活にゆとりはなく、ソフィアも近くの農家へ出かけて働いた。夫はガラス作りに夢中のあまり、妻の気持ちを慮ることができなかった。そんなある晩、ソフィアは明かりもつけずに、窓辺で泣いていた。・・・・。
題名に出てくる子どもたちとは、クララとクラース。この二人の子どもたちの周囲の大人たちによって翻弄されるのですが、忘れ川をこえると、過去の生活を忘れて、何も思い出さない設定になっています。目の前にある現実を受け入れて動き回りますから、子どもたちが可哀想という感情移入する間がない。只、どうやってこの状況から脱出できるのかという点に興味を持つことになります。
さて、その周囲の大人たちの中で、ガラス職人の夫婦とエンスケスタード(願いの町)に聳え立つ館の領主夫婦の心の有様は、それぞれのアイデンティティー(identity)をぶつけて、子どもたちに答えを求めていくのですが。その牽引となっていくのも、また解決していくのもファンタステックに、・・・。
(参考:訳者のあとがきより)
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