那須正幹・文 清水耕蔵・絵 2005年7月 第1刷 ポプラ社
古事記の倭建命(ヤマトタケルノミコト)を基にして書かれた物語絵本です。
【話】オホタラシヒコの天皇(すめらみこと)に、オホウスとヲウスという名の二人の息子がいた。兄のオホウスは天皇に対して、時として不遜な振る舞いをとる若者であった。弟のヲウスは、見た目は美しく、やさしいが、力が強く、気性の激しい若者であった。
あるとき、オホウスが食事に出ないので、天皇はヲウスに、兄に正すよう命じた。ところが、五日たっても、オホウスが顔を見せないので、ヲウスに訊ねた。すると、平然と、手足をもぎとり、こもに包んで投げ捨てたと答えた。
これを聞いた天皇は息子のヲウスを恐れた。そして、直ちに、西の方に朝廷に逆らう、クマソタケル兄弟たちを討ちとってくるように命じた。ヲウスはまだ、前髪のとれない若者だったが天皇の命令に従って兵も連れず、御所を出発した。
クマソタケル兄弟を討ち取った時、弟のクマソタケルから、「大和より西で、我々兄弟より強く、猛々しい者はいない。これからはヤマトタケルと名のりなさい」と。
ヲウスは名をヤマトタケルと改め、道中、あちこちの山の神や、川の神を服従させながら、大和の国に戻った。しかし、天皇は喜ぶどころか、ますます恐れおののいた。またもや、次の命令を下した。
「こんどもまた、兵隊もつけないで、東方の十二の国を平定せよとのご命令です。父上はわたしなんか死んでしまったほうがいいと、おもっておられるのでしょうか」と叔母に言った。・・・・・・・・・。,
【所感】景行天皇の皇子の一人、ヤマトタケルは大和朝廷の王権を確立するために、諸国を平定した英雄で、伝説上の人物です。ヤマトタケルの死後、魂が真っ白な大きな鳥になって墓から飛び立ち大空へと舞い上がり、大和の国を飛び越えて、降り立ったのは、河内の国の志幾という所でした。
父親から疎まれ、恐れられたヤマトタケルは、最後に伊吹山の神を退治に行くとき、守り刀をミヤズヒメに預けて出発しています。物語には「さほどの神ではあるまい」そう考えて・・・・。とありますが、ヤマトタケルの心に、無意識なのか、意識的なのか何れにせよ大和に戻る気は失せていたのでないでしょうか。父親から命じられるままに、たくさんの人を殺したヤマトタケルは、死んでやっと救われ、自由の身になったのだと思います。
古事記に“倭建、熊曾を伐つ” 日本書記には“日本武尊、熊襲を伐つ”と、記載されています。同じ人物ですが、物語としては、古事記のヤマトタケルノミコトは過酷な生涯をおくり、日本書紀のヤマトタケルノミコトは、天皇からも愛される理想の英雄になっています。
清水耕蔵さんの絵に誘われて、読みました。カタカナの名前が多くても、絵を眺めて読めば、苦にならないですよ。
参考文献:新装版 日本古典文庫1 「古事記・日本書記」 福永武彦・訳 河出書房新社