カテゴリー「絵本」の95件の記事

「つるーサダコの願い」

Turu エリナー・コア 文 エド・ヤング 絵 こだまともこ 訳 日本図書センター 2005625日 初版第1刷発行 

この作品を書かれたエリナ・コアさんはカナダ出身の方です。1949年、戦後の日本を取材するため、記者として来日し、原爆後の惨状にショックを受け、60年代に再来日しています。その時に千羽鶴で飾られた原爆の子の像を見て感動したそうです。本書がその原作です。そして、この著書の絵を描かれたのがエド・ヤングさんです。 

私たちの年代では、もう語りつくされてきた戦後の話、敗戦の話、原爆の話なのですが、こうして絵本を改めて眺めますと、何とも言えない気持ちがこみあげてきます。千羽鶴に込めた願いが、文からも絵からも伝わってきます。一度手に取ってみてください。

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「みずうみにきえた村」

Mizuumi_4 ジェーン・ヨーレン:文 バーバラ・クーニー:絵 掛川恭子:訳 ほるぷ出版

絵本の舞台になったのは、作者の家の近くにあるクアンビン貯水池(ニューイングランド→アメリカ東部)です。1927年から1946年の間に家という家はすべて、教会や学校も、人間が生きていた証となるものはすべて永遠に水の底に沈めたのだそうです。大量の水を必要とする大都会の人たちの為に。

クーニーの端正な絵に溜息をつきながら・・・・、日本で、今問題になっているダムのことに思いを馳せました。 

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「きりのなかのはりねずみ」

Kirinonaka1 ユーリー・ノルシュティンとセルゲイ・コズロフ/作 フランチェスカ・ヤルフーソヴァ 福音館書店 20001025日発行

「きつねとうさぎ」を絵本化したご夫妻と児童文学作家の3人による合作。元はアニメーションという動画から静止画にしたものだそうで。

はりねずみが野イチゴの蜂蜜を持って、こぐまの家に出かける道中を書いたもの。霧の中で見つけた白い馬に、はりねずみは「しろうまさん きりのなかで おぼれないかしら?」という表現があるように、霧に濡れると、びしょびしょになってしまうことがわかる。絵も、白い馬の毛並みが垂れ下がり身体に貼りついているように見える。しかし、はりねずみは霧の中でも変わらない。巣や洞穴のある動物は霧の晴れるのをじっとそこで待っている。水滴で濡れた毛は重たい。はりねずみは霧の中で見た大きな動物の影だって、霧の中ではどうすることもできない。文は多くを語っていないが。

可愛らしいはりねずみが暗闇と霧の中を歩く。ストーリーは、いたって簡単なのだが。それを見せて読ませるファンタジー。子どもははりねずみの安否を気にしながら聞き入る(orは読む)だろう。霧がどんなものか体験していなくても絵本から伝わる幻想的な風景に興味を示すに違いない。一度は見せてあげたい絵本。

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ケイト・グリーナウェイ

イギリスで出版された絵本で、特に優れたものの画家に対して贈られる賞に“ケイト・グリーナウェイ賞”(1956年設立)がある。コールデコットと同じ1846年、イギリス生まれ。

彼女の代表作「窓の下で」(白石かずこ:訳 ほるぷ出版)の絵本の成功は、天才的な彫版師・印刷業者であるエドマンズ・エヴァンスのすすめと協力によってできたものだった。エヴァンスはクレイン(1845-1915)、コールデコット(1846-1886)、グリーナウェイ(1846-1901)という画家を発掘し、彼らと組んで芸術性の高い絵本を作り出した。

19世紀後半、大英帝国の絶頂期にあったイギリスでは、児童文学の黄金時代を迎えていた。(ルイス・キャロル「不思議の国のアリス」、ロバート・ルイス・スティーヴンソン「宝島」等)それに伴って挿絵画家たちの出番も多くなっていった。そこへ印刷技術の進歩に伴って、絵本というジャンルが確立された。イギリスは絵本も、また、第1次黄金期を迎えた。その影の功労者は、エドマンズ・エヴァンスと言われている。(参考文献:はじめて学ぶ「英米児童文学史」ミネルヴァ書房)

3人の絵本画家の一人、ウォルター・クレインの描いた絵本に「長ぐつをはいた猫」がありました。英語版ですけど、お話は知っていますから、絵だけをじっくり見ました。ケイト・グリーナウェイ、ランドルフ・コールデコット、画風こそ違いがあれ、どこか懐かしい。力強い猫の絵、愛らしい子どもの絵、優雅な絵、どれも緻密で、彩色も綺麗でした。

余談ですけど、ケイト・グリーナウェイの描く子どもは、フランスやドイツで作られた磁器製のアンティック人形のビスク・ドールに似ていると思いましたけど。

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「カフカの絵本」

Kahuka 原作:フランツ・カフカ 文:たぐちみちこ 絵:田口智子 小学館 200932日初版第1刷発行

もくじ・恩返し、初めての悩み、羊猫

“恩返し”と“初めての悩み”の二話の原作を、岩波文庫の「カフカ寓話集」(池内 紀編訳)“こうのとり”と“最初の悩み”で読むことができます。また、“羊猫”は、岩波文庫「カフカ短編集」(池内 紀編訳)に収められている“雑種”で。

「カフカの絵本」は綺麗な絵で描かれていて、文と一体になって楽しめます。活字も文庫版より大きいですしね。絵本の参考文献は「カフカ事典」と「カフカとサーカス」と記載されていましたが。

読むとしたら、中学生以上。大人向けの絵本ともいえます。カフカの小説は、むずかしいといわれています。精神的な悩みをあらゆる角度から書かれていて、その表現方法が突飛だったり、奇異に映るからでしょうね。その悩みを心理学のような解決方法は書かれていないし、読者にボールを投げたまま。カフカに関する文献も結構あります。この絵本はカフカ入門になると思います。

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「おおかみのおいしゃさん」

Ookami オルガ・ルカイユ 文/絵 こだま しおり 訳 岩波書店 200947日 第1刷発行

この絵本を読む前に、タイトルだけで、どんなお話なのか想像してみるのもいいですね。

お話は、うさぎのマルクの具合を見てもらおうと、お母さんうさぎはマルクの手をひいて、もぐらのお医者さんの所へ出かけました。もぐらのお医者さんのいうことがおかしいと思ったお母さんうさぎは、次々と動物や、鳥、魚のお医者さんと尋ねて行きます。日も暮れて、お母さんうさぎは、嘆き、もう気持ちもすっかり弱っていました。

そこへふくろうがやってきて、おおかみのお医者さんを紹介するのです。おおかみのお医者さんなんて、お母さんうさぎは、逃げ出してしまいます。でも、マルクは逃げようとはしませんでした。うさぎのみんなが怖がるおおかみを“どんなものか ちかくで 見たかったのです”。

このお話の本質はどこに?1週間前位かどうかはっきりと覚えていないのですが。朝日新聞に、戦後の日本にやって来たアメリカ人は、日本人はとても怖いと思っていたそうです。いざ、日本に来て、日本人のやさしさにふれて驚いたというのです。アメリカで受けた教育、情報で得たものは、日本人の一部の人たちのことだったのだと理解されたそうですよ。

絵本に出てくる狼は、怖いけどやさしかったり、間が抜けていたり、またひょうひょうと描いたり、また赤ずきんに出てくるような狼もいて。さて、このお話に出てくる「おおかみのおいしゃさん」は?

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「くまとやまねこ」

Kunato 湯本香樹実ぶん 酒生駒子え 河出書房新社 2008年4月30日 初版発行

昨年の発売以来、今も人気のある絵本です。図書館では、いつも貸し出し中でしたから、いつかは見ることができるだろうと、ほぼ忘れかけていたのですが、一昨日、何気なく棚に置かれてありました。

ここで改めて紹介するまでもない位、多くの方が既に読まれていて、書評もたくさん寄せられているようです。また、作者自身のコメントも読むことができました。(アマゾン→)

くまとやまねこの情感溢れるシーンに、引き込まれて、自分と重ねた人も多かったのだろうと。作者が言うように、大事なものを失う喪失感は、自分自身の一部が死ぬことに等しいと。

”この絵本のなかのくまが、悲しみに閉じこもり、でもやがて外に出かけていったように、必ず死んでしまった自分自身の一部も、またよみがえる時がくるんだという”

みんながみんな、くまのように蘇るといいですね。また、作者のコメントから、誠実な人柄が偲ばれました。

酒井駒子さんには、いつも感心しています。時が悲しみを癒すという流れをモノクロで描き、くまの深い悲しみは、墨のような黒を全面的に使い、最後までが、モノクロトーン。けれど、やまねこのバイオリンの音色に目を閉じて、くまの心がやがて開き始めると、ほんの少しだけピンクの色がでてきます。絵本はやっぱり楽しいですね。

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五味太郎「もりにいちばができる」

Morini 玉川大学出版部 ”経済の基本をわかりやすく説く、楽しみながら学べる”

(economy)人間の共同生活の基礎をなす財・サービスの生産・分配・消費の行為・過程、並びにそれを通じて形成される人と人の社会関係の総体。転じて、金銭のやりくり。ー辞典よりー

さて、経済の基礎を学ぶというのですから、人間の歴史を紐解いて、いえいえ、この絵本でわかるんです。動物たちの協力を得て、物々交換のはじまりが。それが、やがてお金に変わるわけですが、金銭のやり取りまで描いていません。でも、この絵本で、小さな子どもにもわかると思います。

五味太郎さんの絵本を見ると、必ず、どこかにおかしさが隠れています。今回は書き出しから意表をついてきています。

”あるところに、りっぱな ぶどうのきを もっている きつねがいた”

と書かれ、次に出てくるのがたぬきなんですね。これで、もう、この絵本を読むしかなくなるんですね。きつねとたぬきが、はじめに出てきたのですから、何かあると期待してしまいます。

ところが、登場する動物たちは、誰もが騙したり、盗んだり、意地悪も、しない。きつねは、ぶどうをあげると、みんなが喜んで、りんごやら、いちごやらとお礼に持ってくるので、これは素敵なことだと考えたのです。そして、ぶどうやに。

他の動物たちも、りんごやになったり、いちごやに。でも、きつねは、ぶどうの成る木を持っていたわけではありません。勿論、他の動物たちも。・・・・・・・。絵もすっきり、何しろ動物たちが楽しそうです。

2008年4月20日 初版第1刷発行→1979年に「玉川こども・きょういく百科おみせとおかね」の一部を単行本化したものだそうです。早速、図書館で調べたのですが我が市には置いてありませんでした。この絵本の続編が出版されるといいですね。

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「はるかな島」

Harukana ダイアン・ホフマイアー 文 ジュード・ダリー 絵 片岡しのぶ 訳 光村教育図書 20081225日 第1刷発行

1510年、ポルトガルはインドのゴアを占領し、軍事力を補強する為に総督アルブケルケはロペスに任せて一旦帰国した。総督が再び戻った時は、ロペスは現地の人と親しくなっていた。総督は、ロペスの容姿が変わるほど拷問にかけた。ロペスは海に飛び込んで、絶海の孤島セントヘレナ島に着いた。この島に最初に住んだ人が、フェルナンド・ロペスといわれている。そのロペスの実話をもとに書かれた絵本。

絵も明るく、無駄のない整頓された絵を見ていると、寂しさも、厳しさも、孤独も感じない楽しい絵に見えます。

セントヘレナ島で、すぐ思い出すのは、やはりナポレオン1世でしょうか。彼が生まれたのは1769年、コルシカ島、またエルバ島に追放されていますね。でも、この島々はイタリア半島に近い島々です。

セントヘレナ島は絵本の文面によると、

“岩肌のむきだしの寂しい島。うねりにうねる大海原にぽつんと突き出たその島は、地球上のどこからも、はるかに、はるかに、遠かった”と書かれています。

ロペスが辿り着いたセントヘレナは、生きるための島でした。やがて、緑の多い島へと変えた。それから、およそ三百年後、ナポレオンはセントヘレナ島に幽閉され、病死したとも毒殺されたとも?

かつて、酷い拷問を受けて化け物のようになってしまったロペスが、セントヘレナで築いたのは幸福だった。その後も、流刑地の島として利用されたセントヘレナ。でも、ロペスにとっては自由の地だった。ナポレオンと共に、この絵本のフェルナンド・ロペスも記憶に留めておくことになるでしょう。

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「のら犬」

Nora1 新美南吉=作 鶴田陽子=絵 大日本図書 200527日 第1刷発行

【話】常念御坊は、隣村の檀家へ法事で呼ばれ、お昼過ぎから、好きな碁をうっていた。いつの間にか日も陰り、檀家の主は途中で夜になるから泊まるように勧めた。一人で待っている小僧のことを考えて帰ることに。とは言え、道すがら、碁のことばかり考えて歩いていた。村はずれ近くまで来ると、もう、冬の日も暮れかけてきた。

しばらく行ってから何気なく振り返ってみると、狐色の毛をした耳のぴんと突ったった、あばらの間の痩せ窪んだ、不気味な、よろよろ犬がついて来た。

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峠下の茶店のばあさんに提灯を借りた時、あの先の藪のところに、よくきつねが出て人を化かすと教えられ、気の小さい常念御坊は身震いし、後ろを振り向かずに歩き続けた。

やがて寺の門の前に着くと、立ち止まって、もう1回、後ろをよく見ると、きつねらしいものが、のこのこと、ついて来るのが見えた。門を入ると、正観、正観と小僧の名前を怒鳴り、きつねだきつねだ、ほうきで追いまくれ・・・・・。

【所感】和尚さんとのら犬という組み合わせが、面白かったのでしょうか。和尚さんは、ついて来た犬をどうするのだろうと思いましたから。

ところが、和尚さんは恐怖心が先にたってしまい、犬を追い払うことしか考えていなかったようです。お寺に着いても、まだ狐に見えたのですから、相当怖かったのでしょう。

衣を脱いで、ろばたで、お膳に座って食事をしている時、正観が「和尚さん、あの犬どこから、ついてきたのです」と、ここから和尚さんと小僧さんの短い会話が始まりますが、何となく可笑しいんですね。立場が逆のような感じがして。

正観のいうことに、和尚さんも気がつき「あの犬をつれてくるんだ。」というと、正観は、とぼけて、今度は「きつねでしょう、あれは。」と返します。この言葉で、やっと、和尚さんは「おれがわるいよ」と声を出して言わなかったけれど、子どもみたいに反省するのです。本当は、慈悲深い常念御坊だったんです。

このお話は、青空文庫でも読むことができます。絵本は版画を使って、地味ですけど趣があります。和尚さんと小僧さんの顔の表情がいいです。

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「スノーグース」

Sunougu ポール・ギャリコ=作 アンジェラ・バレット=絵 片岡しのぶ=訳 

あすなろ書房 2007年9月初版発行

【話】イギリスの南東部にあるエセックスの無人の灯台に、1930年の春、背中にこぶのある青年がやって来た。彼の名はフイリップ・ラヤダーといった。この大湿地にやってくるまでに、方々を旅し、人並みな人間関係ができないと悟って、人里離れたこの地で暮らそうと決心してやって来た。この時、彼の年齢は27歳になっていた。ひとりで住む彼には、鳥と、絵と、全長6メートルほどのヨットがあった。左手が不自由でも巧みに帆を操り、強い風に帆をあおられれば、頑丈な歯でロープをくわえてあしらうこともできた。

毎年10月になると、アイスランドやスピッツベルゲンから、空が暗くなるほどガンの大群が、ラヤダーの所有する大湿地へ舞い降りてきた。その種類はさまざまで、足の赤いマガン属もいれば、顔がピエロに似たカオジロガンなどのコクガン属もいた。カモの仲間もやって来た。

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ラヤダーがこの地に住むようになって、3年過ぎた11月のある昼下がりに、ひとりの少女が、ぐったりした白い鳥を抱いて、やって来た。少女は、ラヤダーが、村では心ない噂が立っていたことを知っていた。鳥撃ちたちも、猟の邪魔をするラヤダーを嫌っていたことも。また一方では灯台に住む絵描きには生き物を治す不思議な力を持っているとも聞いていた。少女は傷ついた鳥のために、恐る恐る訪ねて来たのだった。

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その白い鳥はカナダから来たスノーグースという鳥だと。少女は怖さを忘れてラヤダーのすることを熱心に見守った。スノーグースの片足は、銃で撃たれて、折れていた。その上、翼の先も破れていたが、ラヤダーは手当てをしながら、また飛べるようになるからと。少女は喜んだが、自分がどこにいるのかを急に思い出し、身を翻して外に駈け出した。

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ラヤダーが大声で名前を聞と、フリスと答えた。スノーグースの様子を見に来るかと聞かれ、細い声で、はーい!と言って、フリスは、金髪を風になびかせ、走って行ってしまった。・・・・・・・。

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【所感】この物語の後半は、第2次世界大戦のダンケルクの撤退という歴史上の事実を背景に、ラヤダーとスノーグースの活躍を描いています。原作者のギャリコは、この短編小説で1941年O・ヘンリー賞を受賞し、世界的ベストセラーに。

平成9年、新潮文庫から出版された「スノーグース」(「小さな奇跡」、「ルドミラー」の2編も収録)は、矢川澄子さんの訳です。

この絵本を訳された片岡しのぶさんは、絵本を読む年齢層に配慮し、絵と文を見事にマッチングさせています。醜い風貌の青年と少女の心の交流は切ない。でも、スノーグースの圧倒的な存在感に、救われ、感動します。

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「アナンシと6ぴきのむすこ」アフリカ民話より

Anasinn_2 ジェラルド・マクダーモット:さく しろたのぼる:やく ほるぷ出版 198011月第1

【話】クモのアナンシには6ぴきの息子がいた。6ぴきの息子たちは、それぞれ、特技を持っていた。どんな遠いところの事件でもすぐに見つけてしまう目を持つもの、道路づくりをするもの、川の水を飲み干すもの、てじなし、石なげ、柔らかいざぷとんを持つものというように。

アナンシが長旅の途中で、危険なめにあった時に、早速、その特技を発揮して、アナンシを救出する。アナンシは、助けてくれた息子に、褒美としてあげたいものがあった。但し、それはひとつしかないものだった。・・・・・。

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【所感】1819世紀頃、奴隷貿易がおこなわれていた頃、西アフリカ最大の国、アシャンティ王国(ガーナのアシャンティ地方)が繁栄していたという。アシャンティの人々は自分たちの民族芸術の象徴や民間伝承の主人公であるアナンシはじめを絹織物の中に巧みに織り込んできたという。それは、口承による民話を脳裏に焼き付け、一族は語り継ぎながら、大事に守り続けてきたという証しなのかも知れません。

クモのアナンシは、民話の中の人気者で、英雄だそうです。この絵本のお話はアナンシの冒険物語のひとつです。

この物語の絵を幾何学的な図で表現した作者の本業は映画製作者です。絵の構図もストーリの展開に合わせて、登場者等を大きくアップしたり、小さくしたりして変化させ、見る者を飽きさせません。

また、クモの巣もレースみたいな白い細い線で美しく、何気なく描き、また背景色にピンクやオレンジが使用されています。アフリカの乾いた砂漠のイメージなのでしょうか。黒いクモが際立って見えます。幾何学的図法様式に、目を奪われながら、アナンシのクモの絵は、これできまりかなと。

参考文献:秋葉幹人著<世界の国ぐにの歴史「アフリカ」>岩崎書店 1991年4月第1刷

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かしこいカメのおはなし」アフリカのむかしばなし

Kasikoi フランチェスカ・マーティン:さく 福本友美子:やく ポプラ社 200012月第1

【話】アフリカにニャサという湖があった。そのニャサの岸辺には、いろいろな動物たちが暮らしていた。ゾウとカバは、小さな動物たちの前で、いかに強いか暴れて見せた。ウサギもヘビもトカゲも、他の動物たちも、脅えた。イボイノシシが、みんなを集めて、どうしたらいいか聞いた。すると小さな賢いカメは、ある妙案が浮かび、みんなを引き連れて、岸辺にいるゾウに会いに行った。カメはゾウに自分と綱引きで勝負することを持ちかけた。ゾウが呆れている間に、カメは、明日の朝、日が昇るころ、綱を持ってここに来るからと言った。それからカメは、みんなを引き連れて、水辺のカバに会いに行った。・・・・・・。

【所感】イギリス在住の作者ですが、子どものころは、東アフリカのタンザニア各地を7回も引っ越し、後にロンドンに移り、デザインの学校を卒業し、デザインの仕事をしていたそうです。その経験を生かして描いた絵は、自然と動物の美しさをきめ細かく、色彩も豊かに、絵の縁どりまで模様で飾っています。また、ゾウとカバの表情にもユーモアを感じます。

小さなカメが考えたことは、ゾウもカバも、小さな動物たちと仲良く暮らすことでした。綱引きをしたのは、勿論、どちらもカメではありません。お互いにカメだと思って綱引きをしたゾウとカバ。賢いカメが取った行動は?

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「かわいいサルマ」アフリカのあかずきんちゃん

Kawaii ニキ・ダリー作 さくまゆみこ訳 光村教育図書 20081月第1

【話】少女、サルマは静かな町で、おじいちゃんとおばあちゃんと暮らしていた。ある日、おばあちゃんに市場へお使いを頼まれた。サルマは、青いスカーフを頭に、しましまのンタマ(巻きスカート)を腰に巻き、黄色いサンダルをはいて、頭におおきな籠をのせた。

おばあちゃんはサルマに「まっすぐ いって、まっすぐ かえるんだよ。しらない だれかと、おしゃべりしちゃ だめよ」と言った。でも、サルマは、近道の怪しい裏通りを歩き、知らない犬に声をかけられた。・・・・・。

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【所感】登場人物がみんな大らかに描かれています。サルマは、おばけのカーカーモトビのお面をかぶり、そして、アナシン(クモ)の太鼓を叩き、おじいちゃんはマラカスをふり、男の子は板を叩き、おばあちゃんを助けに行きます。

そのおばあちゃんはというと、犬に甘えられて、大弱り。目の悪いおばあちゃんも途中で、サルマでないことに気が付きます。

この絵本には陰湿さはなく、陽気で明るい。撃退方法が楽器の音とお面ですからね。それに、犬はいつまでもサルマの振りをしていたかったんですって。

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「小さな小さな魔女ピッキ」

Tiisana トーン・テレヘン文 マリット・テルンクヴィスト絵 長山さき訳 徳間書店 200612月初版発行

【話】小さな魔女ピッキは、草の葉のかげの、砂つぶの下に住んでいた。あんまり小さいので、誰もピッキの姿を見たことはなかった。けれどピッキは他の魔女が悪いことをたくらんでキーキー声をあげたり、笑ったりする声は聞いていた。自分も魔女だと思っていたが、魔法が使えるかどうかはわからなかった。

そこで、初めに農家の庭で、鎖につながれた犬の鼻の穴に飛び込んだ。鼻から頭の中に入り、ほうきにまたがったまま飛びまわり、犬にあれこれ指図した。「かみなさい!」とピッキがいうと、犬は人の足や耳、ズボンや鼻、木の幹などに、かたっぱしから噛みついた。魔法が使えることを知ったピッキはわくわくした。犬の鼻から飛び出し、空高く舞い上がった。一方魔法がとけた犬は、それから三日間、食べ物も飲み物も貰えず、一日三度、鞭で打たれた。

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村にやって来たピッキは、教会の前の広場で、見世物になって、踊っているクマを見た。そこで、また、クマの鼻から頭へ入り、あれこれと指図をした。クマは男からバイオリンをひったくり「おどれ」とほえて、バイオリンを弾き始めた。広場で見ていた大勢の村人たちまで踊りだした。みんなフラフラになっても、まだ踊り続けていた。ピッキは突然、クマの鼻から飛び出し雲の中へ消えた。魔法がとけたクマは、バイオリンをだらりとおろした。男はクマを睨み、クマの背中を、血が流れるまで鞭で打った。

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ピッキは王さまの住む都に飛んでいった。しばらく、人々の様子を見おろしていた。川岸で迷子になって泣いている男の子を見て、今度は、男の子の鼻から頭の中へ飛び込んだ。・・・・。

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【所感】ピッキは、悪魔と結託して、人に害を与える、あの魔女です。だから、犬やクマを利用して、彼らが散々な目にあっても平気。ところが、男の子の場合は、ちょっと違っていました。ひどい王様を懲らしめて、国中の人々を平和へと導きます。

人の意思を操れる脳に侵入できるという発想は、作者が医師だからでしょうか。頭の中に入れるほど小さな魔女がピッキひとりだけでしたら、他の魔女もかなわないでしょう。何しろ、善と悪を支配できる脳に入って、思うがまま命令できるのですから。作者はピッキは心のやさしい妖精だったかも知れません。と、書き添えてあります。

確かに、ラストは、恐ろしい考えがいっぱい詰まった脳の持ち主で一番強い魔女と争います。でも、悪い王さまの制裁の仕方は惨いです。徹底的に生き恥をさらすというものです。

ピッキは、やっぱり魔女です。でも、やさしい心も持った魔女です。その方が納得できるのですが。そして、また、ピッキが出現することを期待して。

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「にいさん」「ゴッホとひまわりの少年」

Niisann_2 「にいさん」

作者:いせひでこ 偕成社  20083月 初版第1

“この絵本は私の中のゴッホとテオのものがたりだ。”と断ってありますように、原作は伊勢英子さんが自ら書いたものです。長年ゴッホの足跡を追いながら、著書「ふたりのゴッホ ゴッホと賢治37年の心の軌跡」を2005年に発表し、また、2007年には、実妹、伊勢京子さんと「テオ もうひとりのゴッホ」を共訳し、発表しています。兄であるゴッホの死後、テオがオランダにいる母親に宛てた手紙に“にいさんは、ぼくのすべて、ぼくのにいさんだったのです!”と、テオの悲痛な心の叫びを詩のように詠いあげ、テオの悲しみを画家でもある作者があますとこなく色(青と黄)で表現しています。やはり、二人の兄弟の最期を考えると悲しさが過りますが、この絵本から、凝縮された二人の人生と愛に、憧憬の念すら感じます。希薄な世の中に、生きている今だからかも知れません。

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Gohho_2 「ゴッホとひまわりの少年」

ローレンス・アンホルト:さく あべのりこ:やく ベファーナ 20069月初版第1

アンホルトのアーティストシリーズの1冊です。絵本に、名画やそれをモチーフにしたイラストを描いてゴッホの絵を紹介しています。また、この絵本のお話は、実在した郵便夫一家の少年カミーユがモデルなのだそうです。ゴッホは飄々としたおじさんに、カミーユは明るく素直少年に描き、一方で、周囲の大人や子どもの偏見も描いています。初めから最後まで、柔らかい筆致で明るい色彩を用いていますから、子どもの絵本としても最適です。

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「クラシンスキ広場のねこ」

Kurasinn カレン・ヘス作 ウエンディ・ワトソン絵 菊池京子訳 拍艪社 20058月初版

第二次世界大戦の初め、ポーランドの首都、ワルシャワはドイツ軍の攻撃を受け、陥落。ワルシャワ周辺と町、クランシンスキ公園の一部を横切って、煉瓦の高い壁を築き、ユダヤ人とアーリア人(非ユダヤ系白人)に分けた。

【話】ワルシャワのゲットー(ユダヤ人居住区)から逃げて来た少女は、気づかれないように、ポーランド人のふりをして、メリーゴーランドのわきを通りすぎ、クランシンスキ広場をぬけて、家族で、生き残っているミラ姉さんのもとへ。

少女は、昼のワルシャワで主を失ったねこたちと遊ぶうち、ゲットーの壁に穴があることを知る。ミラ姉さんはいろいろな計画を話してくれる。この前、聞いたのはゲットーにいる仲間に食糧を運びこむこと。でも、ゲシュタボ(ナチスドイツ秘密警察)は、姉さんたちの作戦を知り、犬を連れて駅で待ち伏せをしていた。少女は、クランシンスキ広場のねこたちを見て、ある考えが浮かんだ。・・・・

【所感】2001年、著者は、ある短い記事に目がとまった。それは、第二次大戦中、ワルシャワの駅でゲシュタボを出し抜いた猫について書かれたものだった。その記事に関連することを調べ、リンゲルブルの記録文書とアディナ・ブラディ・シュファイゲルの著書に辿り着き、その情報を基に、この本を書いたそうです。

研修医だったシュファイゲルは、子ども病院分院で、小さな子どもたちが、息絶えていく姿を見た。さらに、ドイツ人が、やって来て、子どもたちを連行していく姿も。壁の向こうから笑い声を聞こえ、こちらの方から銃声の音が聞こえた。その時、虚無と絶望で、自殺をはかった。同じ医師のヘラ・ケイルソンに発見された。

シュファイゲルの書物を読んで、著者は胸を痛めたに違いない。この絵本の少女の姉、ミラはシュファイゲルの人物像を基にして書かれたという。それも、さりげなく。

絵も、また、淡い色彩で、さりげなく美しく描いています。カテゴリーの映画は一作品(アンジェ・ワイダ監督「鷲の指輪」)しか紹介していませんが、この絵本の時代背景と同じです。この絵本には、悲惨な描写はほとんどなく、猫の活躍に思わず、頷いてしまいます。忘れかけている戦争の話を、さりげなく思い出させてくれました。それから、心にズシッときて、重たいです。

参考文献:尾崎俊二著「記憶するワルシャワ」―抵抗・蜂起とユダヤ人援助組織ZEGOTA「ジェゴタ」―光楊出版社 20077月初版

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インドのむかしばなし「にげろ!にげろ!」

Nigero_2  ジャン・ソーンヒル 再話・絵 青山 南 訳 光村教育図書 20084月第1

【話】ある日、ノウサギは、お気に入りの木陰で昼寝をしようとした時、マンゴーの実が後ろにあるヤシの葉の上に落ちた。それは、とても大きな音だった。心配性のノウサギは、何かが爆発したと思い、「せかいが こわれはじめた!」と叫んで、振り返って確かめることもせず、森の中を必死で走った。森の中で会う動物たちにも伝えた。世界が壊れ始めたという噂は、瞬く間に広まった。ノウサギ、イノシシ、シカ、トラ、サイ、と逃げる動物たちの群れは膨れ上がった。その群れの前に立ちはだかったのは若いライオンだった。・・・・。

【所感】もう何年も前ですが、「おくびょうなうさぎ」というタイトルの絵本を読んだことがあります。内容は、ほぼ同じでした。インドに伝わるジャータカ物語の中にあるお話で、岩波少年文庫には「あわてウサギ」として収められています。その文庫版には、ジャータカ物語は仏陀の弟子たちが、その教えを誰にでも、わかりやすいように説明するために、作られたのだと。その為、物語にはボーディサッタ(菩薩)という名で登場させて、人間に生まれたり、動物に生まれたりして、危機を救っています。この再話の絵本では、ボーディサッタという言葉は、省略されていますが、巻末でお釈迦様として説明しています。

お話に出てくるノウサギに悪意はなく、騙そうとして騒いだわけでもありません。只、ノウサギの軽率さと過度の心配症から、起きたことでした。その行きつくところは、海へ飛び込むしかないわけですから、それは、死を意味しています。とても考えさせられるお話です。

本書はメキシコ国家文化芸術庁国際絵本賞を受賞しています。草原を駆け巡る動物たちの絵は圧巻です。

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「ケツアルコアトル」世界の神話絵本≪アステカ≫

Ketuaru スズキコージ:絵/舟埼克彦:文 ほるぷ出版 19974月第1

【話】アステカ文化を作り出した英雄として、人々の尊敬を得ていたケツアルコアトルは中央アメリカの神話の神。雲から生まれたといわれるテスカトリポカが太陽の座を狙ってケツアルコアトルを攻撃する場面を中心に描いている。

【所感】古代アメリカは16世紀にスペイン人が到来した時、既に、中米にアステカ王国、南米にインカ帝国、中米の南東にマヤ文明が存在していたといいます。やがてこれらの国々はいずれも征服され、スペインの植民地となり、古代アメリカ文明は、終末を迎えます。

後世に残された活字は征服後にスペイン人の宣教師が、原住民がまだ生きていた頃に、口承伝承を集めて書き残したものだそうです。スズキコージの絵も冴えて、楽しく、ユーモアに描いています。

参考文献:「世界の神話伝説」自由国民社

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「アルテミス物語」世界神話絵本≪ギリシャ≫

Arutemisu 木村かほる:絵/舟橋克彦:文 ほるぷ出版 19974月第1

【話】天界を支配する神ゼウスと愛人のレトから生まれた双子。一人は月の神として生まれた女の子、アルテミス。そして、もう一人は太陽の神として生まれた男の子、アポロン。

月の神アルテミスは、狩りの神でもあった。成長したアルテミスは、妖精たちを従えて狩猟に出かけ、その帰りには、泉で水浴をするのを常としていた。ところが、ある日、アクタイオンという若者に見られてしまった。彼は狩猟の帰りで、何気なく泉を覗いただけだった。

アルテミスの怒りで若者は牡ジカにされ、自分の猟犬に追いかけられ、食いちぎられて死んだ。この激しい気性のアルテミスも、一度だけ、愛した若者がいた。その若者の名はエンデミュオーン・・・。

【所感】太宰治のお伽草紙「カチカチ山」に出てくる兎をアルテミス型の少女と。そのアルテミスの神話の絵本がありました。アクタイオンに落ち度があったとは思えません。それでもアルテミスは容赦しなかった。加藤邦宏著書「ギリシャ物語」に紹介されているアルテミスについて、“病的なまでの清潔への欲求、それゆえ妥協を知らない精神を代表しています。”と。アルテミスは他にも大事な役割を果たしているのですが。・・・・。

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「アリー・ババと四十人のとうぞく」

ぬたはらのぶあき・やく/かねこしずえ・きりえ 

らくだ出版 昭和5911月 初版発行 

【話】アラビアのある町に、兄はカーシム、弟はアリー・ババという二人の兄弟がいた。ある日、木こりのアリー・ババは森へ行って木を切っていると、四十人の盗賊がやってきた。アリー・ババは、急いで、高い木に登って身を隠した。すると、彼らは、大きな岩の前にくると「ひらけ、ごま!」と、叫ぶと岩の戸が開き、また、「とじよ、ごま!」と叫ぶと岩の戸は閉じた。一部始終を見ていたアリー・ババは、四十人の盗賊が去ってから、試してみた。「ひらけ、ごま!」岩はみるみるうちに開き、大きな洞穴に広い廊下があった。そして、広間には宝の山。貧しいアリー・ババは、妻や子どもたちの暮らしを楽にして下さろうと、アッラーの神様のお恵みに違いないと。金貨だけ袋につめて、三頭のロバの背中に積み、その上に、いつものようにしばや木の枝を乗せて、家に帰った。

アリー・ババが、大金持ちになったことを知ったお金持ちの兄は、弟から洞穴のことを聞き出して、ロバ十頭を用意して、一人で森へ出かけた。「ひらけ、ごま!」と言って洞穴に入った。宝の山に目がくらみ、岩が閉まったことにも気がつかなかった。金貨を詰めるだけ詰めて岩の扉の前に立って呪文をとなえたが、岩の戸は開かない。カーシムは呪文の言葉を忘れて、出られなくなってしまった。やがて、盗賊たちが戻って来て、カーシムを見つけると切り刻んで殺した。

アリー・ババは、兄の変わり果てた姿を見て驚き、悲しんだ。バラバラにされた兄の死体をロバに積んで家に帰ると、召使いのマルジャーナに相談した。賢いマルジャーナは、六つに切り刻まれたカーシムの体を靴直しの老人に縫い合わせてもらい、死者に着せる着物を着せ、棺に入れた。カーシムの亡骸は無事お墓に埋められた。・・・・

【所感】アリー・ババが盗賊に狙われることになってから、召使いのマルジャーナがことごとく助けるんですね。ほとんど、アリー・ババが一人で活躍したものと思っていました。物語の後半の主役は、マルジャーナです。召使いと書かれてありますが、本によっては奴隷となっています。アラビアンナイトの物語の舞台がイラク、イラン(昔のペルシャ)シリア、モロッコにまで広がっています。それを語ったのも大臣の娘シャハラザード(シェヘラザード)。マルジャーナという賢く、そして勇気のある女性に、またも感服の至り。

「アリババと40人のとうぞく」エマニュエル・ルザッティ さく ゆあさ ふみえ やく ほるぷ出版 19792月 第1刷 この絵本は4歳から。お話は、わかりやすく、アリババは男の子です。

Aribaba

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「空とぶじゅうたん」

Soratobu マーシャ・ブラウン 再話・絵 松岡享子 訳 

アリス館 20081225日 初版発行

シェヘラザード「さあ、ひとつの物語を語りましょう・」アラビアン・ナイトの物語より。

【話】むかしむかし、インドのサルタン王には三人の息子がいた。一番上の王子はフセイン、二番目はアリ、末の王子はアーマッドといった。その他に、姪のノア・アルハニ王女がいた。時がたち、年頃になった三人の王子たちは三人ともノア・アルハニ王女と結婚したい、と胸の内で願っていた。これを知ったサルタン王は、悩み、三人の王子に、遠い国へ旅に出て、最も珍しい宝を持ち帰った者に、結婚させるといった。三人の王子たちは一年後、それぞれ素晴らしい宝物を手に入れて、再会した。お互いに持ち帰った宝物を見せ合った。フセイン王子は、ふしぎな空とぶじゅうたん。アリ王子とアーマッド王子は・・・。

【所感】お話は、テンポよく語り、絵も色彩がカラフルで、明るく、躍動感のある絵本といえます。それぞれの宝物が、どれも素晴らしい。その宝物の活躍が見せどころかも知れません。

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「シンドバッドの冒険」

Sinndoba ルドミラ・ゼーマン文◆絵  脇 朋子訳 岩波書店 20022月 第1

【話】むかしむかし、信じていたお妃に裏切られ、女の人すべてを、憎むようになった王様がいた。それからというもの、毎日、若い娘を妃にし、翌朝になると殺した。大臣の娘、シェヘラザードも、妃に迎えられた。その夜、シェヘラザードは王様に、物語を語って聞かせた。夜が明けても、王様は、話の続きを聞きたくなって、その日に殺すのをやめた。次の夜、昨夜の続きを語り終えると、すぐに別の物語をはじめた。それが、千と一夜(「千一夜物語」=「アラビアンナイト」)もの長い間、続き、王様を楽しませ続けた。王様は、いつしか女に対する憎しみも消えて、賢くて美しいシェヘラザードを深く愛するようになった。

「シンドバッドの冒険」はシェヘラザードが王様に語った物語のひとつ。

むかし、バグダッドの都に、荷かつぎのシンドバッドという男がいた。ところが、お金持ちの老人の名前もシンドバッドという。名前が同じなのに、こちらは重い荷をかついで、うんうん唸っている有様。世の中、不公平だと嘆いた。その嘆きを聞いたお金持ちの老人は、荷かつぎシンドバッドを、お屋敷に招いて、自分は船乗りシンドバッドと名のり、これまでの冒険の物語を語り始めた。

父からの遺産をほとんど使い果たし、僅かに残ったものを売り払い、バスラの港から船に乗った。その船は、島から島へ、港から港へとまわって、品物を買い入れたり、交換したりする商人たちの船だった。ある日、小さな美しい島が見えてきた。船から降りて、島を歩き回ると、みごとなヤシの木が生えていた。ところが、上陸した島は大きなクジラの背中だった。・・・・・。

【所感】「ギルガメシュ王ものがたり」で紹介したルドミラ・ゼーマンが「シンドバッドの冒険」で、見せる絵もまた、彼女の研究熱心な結果からできあがった絵本です。物語の舞台はアラビアの人々が現実に行った航海だそうです。風景や背景こそ古代文明かもしれませんがお話の中心はゼーマンが述べているように、残酷な王様を打ち負かしたのは、シェヘラザードの豊かな知識と機転のきく話ぶりによるものと。残酷な王様の心を変えたのは、お話が面白かったのと、シェヘラザードの、何とかしなければと言う一途な思いではないでしょうか。と、この絵本の中での感想ですが。

シンドバッドの冒険の旅は岩波少年文庫(上)でも、7回目の航海まで掲載されています。この絵本では、1回目と2回目の冒険をひとつにし、クジラの島、ロク鳥、ダイヤモンドの谷など、特別有名なところを中心にまとめています。そのせいでしょうか、読み物としても読み応えがあります。勿論、絵も。

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「ギルガメシュ王ものがたり」

Giruga ルドミラ・ゼーマン文/絵  松野正子訳  岩波書店 19937月 第1

【話】大昔、メソポタミアに、ギルガメシュという名の王がいた。太陽神によって、ウルクの都へおくられた。ギルガメシュは、人間の姿をしていても、心は知らず、友達もいなかった。只、自分の強さを見せるために、人々に高い城壁をつくらせ、昼も夜も働かせ続けた。堪りかねた人々は太陽神に助けを求めて祈った。

それを聞いた太陽神は女神に命じて、ギルガメシュと同じ強さを持ったエンキドウという人間をつくらせた。そして、動物と暮らすようにと、森へおくった。体が長い毛でおおわれていたエンキドゥは、動物たちともなかよくなり、ある日、狩人から傷ついた動物を救い出した。狩人はウルクに戻って、ギルガメシュに、森に世界一強い人がいると話した。ギルガメシュは、怒り狂って、ウルクの人々の前で打ち滅ぼして見せてやるから連れて来いと、狩人に命じた。

エンキドゥをおびき出すために、神殿につかえる美しい女で、歌うたいのシャマトを森へ連れて行くことした。そして、狩人はシャマトを森へ、一人残してウルクの都に逃げ帰った。夜になると、シャマトは闇の中でハープを弾き、歌をうたうと、エンキドゥがやってきた。シャマトは、獣のような姿のエンキドゥを見て歌うのをやめた。けれど、いままで、誰にも、こんなにやさしく見つめられたことはなかった。やがて、二人の愛は深まり、エンキドゥは、シャマトのために、人々のために、ウルクへ行って、ギルガメシュと戦うといった。

ギルガメシュは、毎日、ウルクの高い城壁の塔の上でシャマトの帰るのを待ち構えていた。そして、ついに、二人が城壁で、人々の前で、戦う日がやって来た。同じ強さを持った二人。何時間戦っても勝負はつかなかったが、突然、足もとの石がくずれて、ギルガメシュが城壁から落ちた。身をのりだして腕を掴んで、助けたのはエンキドゥだった。この出来事から、ギルガメシュに人間のやさしさが伝わり、エンキドゥと無二の親友になった。城壁づくりもやめたので、ウルクの人々は喜んだ。

【所感】「ギルガメシュ王ものがたり」の続きに「ギルガメシュ王のたたかい」と「ギルガメシュ王さいごのたび」と3部作になっています。子どもの絵本として、わかりやすい言葉で語られています。ゼーマンは世界各地の博物館に保存されている彫刻や遺物を調査して、絵を描いたそうです。

巻末の解説から

「ギルガメシュ叙事詩」は世界最古の物語の一つで、5000年以上昔に、メソポタミア(今のイラクとシリア)で粘土板に、世界最古の文字である楔形文字で、書き記しました。最初に語ったのはシュメール人の人々で、ギルガメシュはシュメール人の王でした。何世紀もの間に、メソポタミアに住んだ人々が、アッカド、バビロニア、アッシリアなどで、ギルガメシュの物語を語り伝えてきました。物語は少しずつ変わっていき、その断片が、後に、エジプト、ギリシャ、ペルシャ神話、ケルト人の神話へと流れ込みました。

私たちが知っているおとぎ話や、神話の多くは、8000年以上前に暮らした人々のお話なのかも知れませんね。最古の楔形文書は、シュメールの都市ウルクの遺跡から発見されています。「歴史はシュメールに始まる」と言われています。この絵本から世界史を眺めてみるのも面白いと思います。

参考文献:「メソポタミア文明入門」中田一郎 著 岩波ジュニア新書

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古代エジプトの物語「運命の王子」

Unnmei1 リーセ・マニケ 文/絵 大塚勇三 訳 岩波書店 198410月 第1

【話】むかし、エジプトの王様は神様に息子をくださるようにお願いをした。やがてお妃様が男の子を産むと、7人のハトホル女神たちがやって来て、王子の運命はワニ、ヘビ、犬の何れかに殺されると告げた。王様は、砂漠の縁に石の家を作らせ、息子を、そこに住まわせた。ある日のこと、王子が家の屋根に登ってみると、男のあとに、1匹の犬がついて行くのが見えた。初めて見る犬。王様は、気持ちを察して、元気な子犬を持たせてもよいと。やがて、時がたち、王子は、自分の決められた運命に出合うまで、やりたいようにさせて下さいと使いを出した。王様は、その話を聞くと、あらゆるものを積んだ船を用意して、ナイル川の東の岸まで王子を連れて、好きなように出かけなさいと。そして、あの犬もつれて。王子は気の向くまま、砂漠を横切って北の方へ旅を続けた。

王子がナハリンの王の領地に着くと、領主の息子たちは手厚くもてなし、どこから来たのかと訊ねた。エジプトの戦車士官の息子で、継母から逃げて来たと言うと、みんなは、王子を喜び迎えた。ナハリン王はひとり娘のために家を建てたが、窓は地面から30メートル以上も高い所にあり、その高い窓に飛びあがれたものに娘を妻として与えると。そこで、領主の息子たちは、毎日、飛び上がり続けていたのだった。その話を聞いた王子は、少し離れたところで様子を見ていると、上の窓から、ナハリン王の娘がじっと王子を見つめていた。

何日かして、王子も領主の息子たちと同じように飛んでみると、窓に届き、王女は王子を抱きしめて口づけをした。ナハリンの王様は、娘を王子にやり、家も、畑も、家畜たちも、何でも与えた。こうして、二人が、しばらく暮らした頃、王子は妻に自分の運命について話した。妻はそれを聞いて、あの犬を殺さなくてはと、王子は子犬の頃から育てた犬だから大丈夫だと。・・・・・。

妻の機転で蛇が死に、ワニは王子に助けられて去っていく。これで二匹から狙われることはなくなった。けれど、最後に、あの犬に噛まれて、バラバラにされてしまう。妻は夫の亡骸を集めて・・・・・・・。

【所感】“この物語と絵について”リーセ・マニケが自ら詳しく解説しています。このお話の原題は「じぶんの運命を知っていた王子」で、今日知られているおとぎ話のうち、最も古いもののひとつだそうです。そして、3000年以上も前に、エジプトのある書記が古代エジプトの象形文字で書かれていた話を、この本の為に訳されたそうです。その原本に当たるパピルス文書は、現在、ロンドンの大英博物館にあるとのこと。

また、絵についてはエジプトの美術品から、この物語に登場する、人物や動物に適したものを選び写し取ったそうです。おとぎ話としてハッピーエンドにするためには、バラバラになった王子を生き返らせなければなりません。そこで、作者はオシリス神話と古代エジプト人の信仰を参考に書いたそうです。この物語に出てくる地方ナハリンというのは、ユーフラテス川の東の方にあった君主国で、今はイラクという国の中になっています。古代の歴史が絵本で現代に蘇ってきます。絵も綺麗です。古代エジプトについて知らなかった子どもでも楽しめると思います。3000年以上も前の物語のなかに、幾つも、似たようなお話に、既に出会っていることに気づくと思います。

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古代エジプトの物語「ライオンとねずみ」

Raionn1 リーセ・マニケ 文/絵 大塚勇三 訳 岩波書店

【話】むかし、大きくて強いライオンが砂漠の中にすんでいた。ある日、ライオンは傷だらけのヒョウに出会った。その理由を聞くと「人間よりずるがしこいやつなんて、ひとりもいやしないぜ」と言った。ライオンは、自分より強い動物など、想像したことがなかった。しばらく行くと、くつわを口にはめられ、馬車につながれた馬とロバに出会った。さらに、角を切られて、鼻に穴をあけられて、頭は綱でしばられた牡牛と牝牛に出会った。別なライオンは、砂漠の中の木にしっかりはさまっていた。すべて人間の仕業だと知ったライオンは、ますます激昂して、人間を探した。すると、小さいネズミがライオンの足の下に迷いこんで来た。・・・・。

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【所感】巻末の解説によると、イソップの時より、もっと古くからあったお話なのだそうです。リーセ・マニケはエジプトの学者で、「ライオンとねずみ」は象形文字の草書体のような文書から訳して、再話し、さらに絵も古代エジプトの絵をもとに描いたそうです。イソップがエジプトのピラミッド建設に奴隷として行っていたとしたら、この話の筋はそこで聞いたのでしょうか?

傲慢な人間を批判したライオンもネズミに助けられてから、考え方を変えています。変わらないのは人間だけ?

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「三びきのこぶた」

Sannbiki ≪こどものとも≫傑作集 イギリス昔話 瀬田貞二 訳 山田三郎 画 福音館書店 196051日発行

ジョーゼフ・ジェイコブス(1854年~1916年)オーストラリアで生まれて、シドニー大学教授を経て後、ケンブリッジ大学で人類学と文学を学ぶ。イギリス民族学協会の創立に尽力し、同時にイギリス、アイルランドの昔話集を数多く出版した。

この絵本にはイギリスの昔話とだけありますが、「ジャックと豆の木」「三びきの子ブタ」などのお話を集めたジェコブス昔話集が一般的に知られています。さて、このお話はあまりにも有名でちょっと忘れている方の為に。

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【話】昔、ある所に、母さん豚と、三匹の子豚がいた。貧乏で、育てきれなくなった母さん豚は、三匹の子豚に自分で暮らしていくように他所に出した。最初に、出かけた子豚は藁束を担いだ人に会い、その藁束を貰って家を建てた。次の子豚は枝で家を建てた。二匹の子豚は狼に家を吹き飛ばされて食べられてしまった。三番目はレンガを貰って家を建てた。狼は頑丈な煉瓦の家の煙突から入いり・・・・・。

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【所感】三番目の子豚は骨の折れる煉瓦の家を建てたことから、働き者です。そして、狼は一度目はかぶ畑、二度目はりんごの木、三度目はお祭りと誘惑をしたのですが、先回りして子豚はかぶも、りんごも、手にいれ、お祭りも見て、難なく家に帰ってしまいます。ここでは子豚の賢さを表しています。生きていくのに、働き者だけでも駄目なんですね。また、賢いだけでも。最後に狼を煮て食べてしまう、そんな、したたかさ、がないと。

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ボーモン夫人作「美女と野獣」

Bijyo ビネッテ・シュレーダー:絵 ささきたづこ:訳 岩波書店 20041110日 第1刷発行

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【話】むかし、あるお金持ちの商人に、息子3人と、娘3人の子どもがいた。商人は、子どもたちに、貴族に負けない位の教育を受けさせた。みんな成長し、なかでも、末娘は美しく、周囲から「ベル」と呼ばれていた。ある日、一家に災難がふりかかり、全財産を失った。唯一残った別荘に引っ越し、父親と息子たちは畑を耕したり、牛を飼ったりして、働いた。末娘のベルも、掃除から食事まで全部一人でこなした。二人の姉は何もせず、一日中ベルをこき使い、いじめていた。

一年が過ぎた頃、商品を積んだ船が一隻だけ、港に入ったという知らせを受け、父親は馬で、港にある町へ出かけた。積み荷は全て、人手にわたり、二人の姉娘からねだられた高価な品々も、買うことはできなかった。帰る途中、大きな森で道に迷い、あたりは暗くなり、雪が降り、寒さと空腹で死にそうになった。すると、突然、明かりのついたお城が見えた。それは野獣の住むお城でした。・・・そこで父親は食事からベッドまで用意されて休むことができた。その間、一度もお城の主を見なかった。帰るとき見かけたバラの花を1本折った。

その瞬間、恐ろしい顔つきの野獣が現れた。野獣は命を助けてあげたのに、バラの花を盗むとは恩知らずだと言って、死んでもらうしかないと叫んだ。父親は許しを請いながら、末娘の「バラの花1本」と言った願いをかなえてあげたかったことを話した。野獣は、三人の娘がいるのなら、身代わりに一人、3カ月以内に連れて来いと。でなければ一人で戻って来ることを誓わせた。

父親は家に帰り、お城で起こった出来事を話して聞かせた。ベルは父親の命が救えるのなら身代りに行くと言って、そして、野獣のお城へ。お城で暮らしてから、あっという間に3か月がたった。ベルは毎晩、野獣に会っているうちに恐ろしくなくなり、醜さも気にならなくなっていた。ある晩のこと、父親の様子を見るために、一週間だけ家に帰らせてほしいと頼んだ。野獣はベルが父親の顔を見たらお城には戻ってこないだろうと思った。その時、自分は悲しくて死んでしまうだろうと告げた。ベルは約束を必ず守ると言って家に帰った。それから、二人の姉の企みとは知らずに、約束の一週間が過ぎてしまった。・・・・

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【所感】巻末には、訳された、ささきたづこさんの“「美女と野獣」のものがたりについて”の説明が詳細に書かれてあります。

ベルのように慎ましく、親兄弟に限らず他人にも親切で、働き者で、教養のある女性にならなければ、二人のお姉さんみたいになりますよと。また、ベルのように男性を見た目で判断せず、やさしく接すれば幸せになれますよと。こんな教訓を盛り込んだお話なのですが、ベルが次第に野獣を好きになり、愛するようになるプロセスは純愛物語そのものです。

このタイトルの題材で映画やミュージカルで演じられたり、アニメになったりするほど人気があるのは、ベルの愛によって野獣にかけられた魔法が解かれて、ハッピーエンドで終わるからでしょうね。それと「美女と野獣」の組み合わせも奇抜です。それだけに、心の動きにも興味津津。現実にもこの言葉は結構使われていますしね。野獣って辞典には男性の文字はありませんでしたけど、女性でもいいのかなって。「美男と野獣」になってしまいますね。

Bijyo2 ほるぷ出版の「美女と野獣」ローズマリー・ハリス再話、エロール・ル・カイン絵、やがわすみこ訳の絵本には5歳からとあります。簡潔な文とわかりやすい言葉になっています。

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チャレンジ「ミッケ」⑤むかしむかし

Mikke_2  作:ウォルター・ウィック 訳:糸井重里 2008113日 初版第1刷発行

おとなも こどもも いっしょにあそべる かくれんぼ絵本 

Can You See What I See? 

1991年『ミッケ』を出版。それから、シリーズは大評判になり、①おもちゃばこ②ゆめのまち③コレクション④サンタクロースと続いて⑤むかしむかしが出版されました。

むかしむかしは

1、3びきのこぶた、2、あかずきんちゃん、3、ヘンゼルとグレーテル、4、びじょとやじゅう、5、3びきのくま、6、ねむりひめ、7、にんぎょひめ、8、すずのへいたいさん、9、ながぐつをはいたねこ、10、ルンペルシュティルツキン、11、シンデレラ、の11話です。

次回は、この11話の中からアンデルセンの「すずのへいたい」とグリムの「ルンペルシュティルツキン」のお話です。

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「あたらしい ともだち」

Atarasii トミー・ウンゲラー [] 若松宣子[] あすなろ書房 20081020日 初版発行

この新しい絵本はトミー・ウンゲラー自身が75歳を超えて2007年に発表した作品だそうです。

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【話】新しい町に引っ越してきたラフィは9歳の少年。よそもののラフィに友だちがいない。そこで大工仕事の得意なラフィは工作で「あたらしいともだち」犬や猫を作った。隣に住む縫物の得意な女の子キー・シンの協力で、その数はいっぱいになり、表の家の前に置いた。子どもたちが集まってきて、仲間に入れてと言ってきた。それから町は大騒ぎ・・・・。

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【所感】主人公の二人を敢えて有色人種にしたことは、ウンゲラーの人種差別反対への思いがあったからでしょう。そして二人のどちらもウンゲラー自身なのだそうです。

絵をページごとに追って見ていくと工作過程がわかります。材料がなくなるとゴミ捨て場に行って探したというのですから、噂にもなるでしょう。そんなことも苦にせず物づくりに熱中できたこと、あったことが、生きながらえたのだと。

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スズキコージ「ウシバス」 

Usibasu あかね書房 1995415日初版第1

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【話】牛のバスの停留所に集まってくる人らしき人々。やがて牛がウシバスの旗をなびかせて走ってくる。牛の背中には梯子。みんなが何とか乗ると、牛は急に走り出し、ウシバスの4文字を並び替えた言葉を発しながら暴走。・・・・。

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【所感】「サルビルサ」は戦争の虚しさ、愚かさを皮肉たっぷり描いた絵本でした。「ウシバス」はそのまま牛のバスに違いないのですが。この牛はもとからバスの役割なんぞ知らなかったとしか思えない。

牛の絵の停留所に集まった人々は変だと思っても乗ったのが間違いのもと。牛はバスになりたかっただけかも。

背中にみんなが乗った時の牛の顔。もう嬉しくて仕方がない。はしゃいで水の中まで入ってしまいます。

水から出た時はもう誰も乗っていません。散々な目に遭った人々は逃げて行きます。牛は“ウシバス?”と言ってきょとんとしています。

言葉は簡単なカタカナ4文字と2文字のみ。絵を見ていると可笑しさがこみあげてきます。

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「うんがにおちたうし」

Unnga フィリス・クラシロフスキー 作 ピーター・スパイアー 絵 みなみもと ちか 訳 ポプラ社 1967年2月 第1刷

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【話】オランダの畑の中で暮らしていた牛のヘンドリカ。お百姓さんのホフストラおじさんに毎日ミルクを絞られていた。そのミルクを馬のピーターが荷車をひいて町へ運んでいた。ピーターから聞く町の話は知らない世界。羨ましいと思っていたヘンドリカにチャンスがやってきた。それは、運河に落ちたことから・・・・。

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【所感】タイトルを見た子どもは、それから、どうなったのだろうと思うでしょうね。この絵本も結構読まれているんですね。1989年版で20刷となっていますから。たまたま運河に落ちて、たまたま箱に乗って、といくつもの偶然はヘンドリカにとっていいことばかり。絵も綺麗です。彩色していない何枚かの絵を見ると、ちょっと残念に思いましたが。

細密画で描く風景の移り変わり、町の様子も楽しめます。ピーターから聞いた話を実体験できたヘンドリカ。嬉しい気持ちが素直に、子どもたちにも伝わって、心地好かったのでしょうね。大人の私も、こんな風に運が良けりゃってね。

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「わらのうし」

Wara ウクライナの昔話 内田莉紗子 文 ワレンチン・ゴルディチューク 絵 福音館書店 1998年9月15日発行

貧しい老夫婦が、藁で作った牛で幸せを掴んだお話。

簡単なストリーで幼年向きですが、大人は絵で満足する作品でしょうか。

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【所感】藁で作った牛にタールを塗っただけで熊や狼、狐が捕まるなんて誰も思っていないでしょう。それでも人気があるのは、貧しい暮らしの老夫婦、しかも女性であるおばあさんの大活躍と、藁という素材でしょうか。

”藁にも縋る”:溺れる者は藁をも掴む。そんな諺にもある位、貧しい人々の立場は藁みたいだと。そんな立場でいながらユーモアを忘れなかった人々、子どもたちはこの「わらのうし」を応援してきたのでしょう。そんな気がします。

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「三びきのやぎのがらがらどん」

Sannbiki マーシャ・ブラウン え せた ていじ やく 福音館書店 1965年7月1日発行

1996年発行の絵本によると既に90刷も出版されていますから、人気のほどが窺えます。読んであげるなら4才からとありますから、幼年向きの絵本と言えます。内容もいたって簡単です。,

【話】三びきのやぎの名前がどれも「がらがらどん」と言った。ある時、山の草場で太ろうと山へ登って行った。登る途中の谷川に橋があって、そこを渡らなければならなかった。

ところが、橋の下にには、気味の悪いトロルが住んでいた。その橋を一番小さながやぎから順番に三びきが渡ることに・・・。,

【所感】訳された瀬田氏のヤギの名前”がらがらどん”は親しみがあり、日常的にうがいをする時の音がガラガラと使用されていますね。それからドンは太鼓の音ですから。また、3びきのやぎのチームワークの良さが際立っています。

小さなやぎは、その計画を知っていればこそ、どうどうと返答もでき渡っていますからね。

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「十二支のはじまり」「ね、うし、とら・・十二支のはなし」

Jyuunisi 「十二支のはじまり」

岩崎京子・文 二俣英五郎・画 教育画劇 初版19971110

昔、ある年の暮れ、神様は動物たちにおふれを出した。それは、正月の朝、一番早く御殿に来たものをその年の大将にするというのです。

「日本の民話えほん」シリーズの11番目として出版された絵本。このお話は割と知られていますね。ほぼ同じ内容で、他社からも、出版されています。絵も、文も書き手によって多少の違いはありますが。

Neusi 「ね、うし、とら・・十二支のはなし」

ドロシー・バン・ウォアコム ぶん エロール・ル・カイン え へんみ まさなお やく ほるぷ出版  初版19781215

中国の民話ですが、もともと日本の十二支も中国から伝わったものです。内容は、他の動物たちを支配できるものを決めるという話です。

どちらも如何にネズミが賢いかを表現したものです。読み比べてみると面白いです。ねずみ、うし、とら、うさぎ、たつ、へび、うま、ひつじ、さる、にわとり、いぬ、いのしし。

私は、この十二支を言う時、いつも「にわとり」で、躓いてしまいます。日本の民話にはネコがネズミに、うその日を教えられて、かみさまに笑われます。

”それいらい、ねこは ねずみを みると追いかけるように なったんだと。”

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ジス・イズ・ニューヨーク「This is New York」

Newyork ミロスラフ・サセック:著 松浦弥太郎:訳 ブルース・インターアクションズ初版発行200481

ジス・イズ・ニューヨーク」は、ニューヨーク・タイムズ誌の選定最優秀絵本賞を受賞し、アメリカ青少年クラブ児童文学最優秀賞を受賞しています。

1960年代の頃のニューヨーク市。エンパイヤ・ステイト・ビルディング、タイムズ・スクエア、自由の女神、ハドソン川の港に停泊している大きな船等々。

高度経済成長をして、総中流社会と言われた日本。新宿にある都庁をはじめ高層ビルも珍しくなくなりました。48年前に描かれた絵本の風景に憧れ目指してきた日本。

今、現在、金融危機の震源地がニューヨークと連日テレビで報道されています。その影響は世界中を駆け巡り、人々の暮らしを脅かし始めています。

近代国家で、何もかも世界一を誇っていた頃のアメリカを丹念に描いた美しい絵本です。

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賢者のおくりもの」

Kennjya オー・ヘンリー文 リスベート・ツヴェルガー画 

矢川澄子訳 冨山房1983年発行

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【話】若い夫婦、ジムとデラの生活は言語に絶するとまでいかないまでも、浮浪者狩りの警官隊にお目こぼしを願うのがやっとだった。その二人にも何より自慢にしている品物が二つあった。ひとつはジムの祖父から父へと、代々伝わってきた金時計。もうひとつはデラの栗色の長い美しい髪の毛。クリスマスの贈り物を買うために、ジムは金時計を売り、デラも長い髪の毛を切って売ってしまう。そして、お互いに買った贈り物は・・・・。

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【所感】“まぶねの中の幼な子イエスにおくりものをもたらした東方の賢者たちは、かしこい人々でした。―すばらしくかしこい人々でした。クリスマス・プレゼントの風習はここにはじまったのです。”

お互いの宝物を犠牲にしてしまったジムとデラは東方の賢者に比べたら、おろかで、愚の骨頂というべき人々です。と作者は断った上で、彼らの贈り物は最高で、実は賢かったのです。と、述べています。それを感じるのは読者自身だとも。

お互いに思う心、深い愛情をこんな形で表現した作家オー・ヘンリー。画家もそれに答えるかのように描いています。表紙はデラの髪を今にも切ろうとしている絵です。改めて読んで、絵を見て、ためいきをついてしまいました。

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「スイミー」

Suimi ちいさな かしこい さかなの はなし レオ=レオニ 訳:谷川俊太郎 好学社

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【話】みんな赤い色をした小さな魚の中に、一匹だけ真黒な色をした小さい魚がいた。でも、泳ぐのは誰よりも速かった。名前はスイミー。ある日、大きなまぐろが、小さな赤い魚たちを、一ぴき残らず飲み込んでしまた。逃げたのはスイミーだけ。それから、スイミーは、海の中を泳ぎ続け、そして、やっと自分とおなじ小さな魚たちと出会う。けれど、大きな魚に食べられることを恐れていて岩陰から出ようとしなかった。スイミーは、小さな魚がいっしょに泳げば大きな魚に見えることを教えた。まとまって泳げるようになったとき、スイミーは目の役割をして、光の海の中を自由に泳いだ。そして、大きい魚を追い出すことに成功する。

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【所感】小さな魚でも団結すれば大きな魚に立ち向かえるという発想こそ作者の意図していたこと。

レオ・レオニは1910年にオランダのアムステルダムで生まれています。そしてイタリアで結婚。ユダヤ系の彼は1939年、反ファシズムの運動家になった為、身の危険を感じて、アメリカに一時亡命します。

1962年再びイタリアに帰国して、翌年1963年に『スイミー』を発表しています。

1969年発行

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「じぶんだけの いろ」

Jibunn いろいろ さがした カメレオンの はなし レオ=レオニ 訳 谷川俊太郎 好学社

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【話】カメレオンは、他の動物のように、自分の色を持ちたいと思っていた。葉っぱの上で暮らしたらいつまでも緑色でいられると考えた。そして、いちばんの緑色の葉っぱによじ登り喜んでいた。けれど、葉っぱは、四季ごとに色が変わった。冬の風が葉っぱの上にいるカメレオンごと吹き飛ばしてしまった。カメレオンは長い冬の夜は真っ黒に。春になって、年上の賢いカメレオンに出合って、いっしょに暮らすことに。共に同じ色に変わっていった。

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【所感】季節ごとに葉っぱの色が変わることを知らなかったカメレオン。彼の気持ちを考えたら、笑う場面ではないのですが。何故か、可笑しいのです。そこで、自分も気がついたようなものでしたから。

カメレオンは、同じ仲間の先輩に、「ぼくらは どうしても じぶんのいろを もてないんだろうか?」と尋ねます。「ざんねんながらね、」と答えるんですけどね。

この場面でちょっと考えさせられました。相手の嘆きを否定していないんですね。作者の云う賢いは、この答え方に込められていると思いました。

共に、一緒にくらすことを提案します。カメレオンにしかできない色の変化を楽しみます。だから、ラストの言葉は“めでたし めでたし”となっています。さすがです。絵もわかりやすく楽しいです。

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「さかなは さかな」

Sakana2 かえるの まねした さかなのはなし 作/レオ=レオニ 訳/谷川俊太郎 好学社

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【話】おたまじゃくしと小さな魚は仲良し。そのおたまじゃくしが蛙になって、どこかへ行ってしまった。大きくなった魚は何日も友達の蛙のことを思っていた。

ある日、蛙が池に戻ってきた。蛙は魚に世の中(陸)で見てきた動物の話をした。魚は興味津々、そして見たことのない鳥や牛や人間を想像した。蛙が行ってしまうと、魚は決心して、水の中からジャンンプして岸にあがった。乾いて温かい草の上で魚は息も動くこともできずに喘いだ。「たすけて。」

その時、運よく蛙が見つけて池へ押し戻してくれた。水の中で魚は気持ちよく自由に泳ぎながら、この世界こそ、どんな世界より美しい世界だと思った。睡蓮の葉の上にいる蛙に向かって、君の言った通りだよ。「さかなは さかなさ。」と彼は言った。

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【所感】蛙の説明から魚が想像する鳥や牝牛や人間の絵を見て思わず笑ってしまいます。そして、妙に納得もできるのです。背景になる池、木、陸、水草、睡蓮などの抑えた色使いは、魚の住む環境が穏やかに映って見えました。また、魚が陸にあがろうと決心する言葉“なにがおころうと ぼくもよのなかをみてやるんだ”から、並々ならぬ一大決心であることを伺わせています。

蛙に助けてもらった魚の悟り方も、実に鮮やか。「さかなは さかな」と云う言葉にも好感が持てます。純朴で勇気のある魚に、微笑みたくなる、そんな絵本でした。

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「からすのパンやさん」

Karasu2 絵と文 加古里子 偕成社 19739月1刷 19942157

14年前の発行で既に157刷、今尚、人気のある絵本。

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【話】カラスのパン屋さんの家に四羽の赤ちゃんが生まれて、大忙し。おかげで、パンを焦がしたり、半焼きだったりして、とうとうお客さんが来なくなってしまった。売れなくなったパン屋さんが評判の立派なお店になるまで、大勢のカラス総動員のてんやわんやの物語。

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【所感】この絵本に出てくるパンがおいしそう。そして、何十種類のパン。小さいイラストのパンの中に、テレビパン、とんかちパン、のこぎりパン、じどうしゃパン、やかんパン、ひこうきパン等々。

可笑しな絵はまだまだ、パン屋さんに押し寄せるカラスの大群の表情とスタイル。日本髪に着物を着たカラス、また髭のあるカラス、お婆さんのカラス等々。子どもと一緒に探しても面白いと思います。

<あとがき>を読みますと、モイセーエフ舞踊団(ソビエト時代)の組曲「バルチザン」の民族舞踊をご覧になったのでしょうか。そこに登場する兵士、農民、労働者、老若男女の一人ひとりの人物描写に心打たれたと記載されてあります。モイセーエフから学んだことをカラスの一羽一羽に試みたそうです。

戦争で見る群衆や兵隊の大軍を、平和な情景に切り替えた加古里子氏の絵に感歎しました。

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「やっぱりおおかみ」

Yappari ささき まき さく・え 福音館書店 1973101日発行

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【話】ひとりぼっちだけ生き残った子供の狼は、仲間を探しに毎日うろつき、沢山いる兎の街角にやってきた。狼が話しかけると(活字なし)兎は逃げてしまう。この時、1番目の【け】が口から出る。2番目は豚が避けて行った時。3番目は狼らしく悪さをして、小さくなったバルーンを眺めた時。やっぱり狼らしく生きることにしたら気が楽になったという話。

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【所感】狼が口にした言葉【け】の意味は<ちぇ>に相当すると思いますが、それでは何とも子どもに見せる絵本としては相応しくありません。ところが、【け】を使ったことで、ニュアンスが違っています。狼に同情もできますし、親しみすら感じますから、不思議ですね。

また、影絵のような狼の絵は孤独なイメージを際立たせています。折角、自分はみんなと仲良くしたかったのに、狼は怖いと避けられてしまったのですから。だったらそれでいいと。

開き直ったのでしょうか。バルーンの紐を切って??狼らしく実行してみたら、気持が楽になったと云うのですから

文字の少ない、絵で読ませる絵本です。佐々木マキさんは因みに男性です。それも雑誌「ガロ」にも顔を出していたそうです。「ガロ」と云えば白土三平氏の「カムイ伝」と水木しげる氏の漫画が一番記憶に残っていますけど。でも、佐々木マキさんもその頃から絵を描き続けていたんですね。だからというわけではありませんが、「やっぱりおおかみ」は人生訓にもとれました。

自分らしく生きてみたらと。

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「ビュンビュンきしゃをぬく」

Byunn バージニア・リー・バートン絵 アーナ・ボンタン&ジャック・コンロイ文 ふしみみさお訳 岩波書店 2004922日 第1刷発行 

絵本のタイトルの上に、バージニア・リー・バートン(1909年~68年)の名前が。「ちいさいおうち」「せいめいのれきし」等で、日本では、今なお人気のあるバートン

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【話】主人公はドッグレース等でも活躍するハウンド犬、名前はビュンビュン。子犬の時から育てた男の名前はゴウゴウと云う。火夫として鉄道から鉄道へ渡り歩いてきた。この日、ゴウゴウはビュンビュンと一緒に駅長室に。

犬と一緒なら雇えないと断られてしまう。ビュンビュンは汽車に乗るわけでなく、汽車のわきを走るだけだと必死に説明するが・・・。

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【所感】駅長さんは、見た目からして骨と皮ばかりの老いぼれ犬が貨物よりはやく走るなんて、あり得ないと。二人の意地の張り合いが、とんでもないことに。ビュンビュンは貨物→普通列車→急行列車→超特急へ次々とレースをする羽目に。町中の人は大騒ぎ。

あばら骨の見えるビュンビュンを表と裏の見開きいっぱいに、活き活きと描き、煙を吐きながら走る汽車はカーブを描いた線路で、躍動感のある絵に、きっと満足するでしょう。

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「としょかんライオン」

Tosyo1_3 ミシェル・ヌードセン さく ケビン・ホークス え 福本友美子 やく 岩崎書店 2007420日 第1刷発行

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【話】ある日、図書館にに ライオンが 入って来た。行ったところは絵本の部屋でした。ライオンは図書館のきまりなど知りません。そのきまりを守れない事態が起きてしまった。ライオンは、今まで一度も出したことのない大きな声・・・・。うおおおおおおおお!・・・・と叫んだ。

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【所感】図書館の規則をライオンでさえ守ることに。子どもに与えるインパクトは大きいでしょうね。人も背景もとても綺麗です。やさしいライオンの表情に心も和んできます。

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「あかいふうせん」

Akaihuu ラモリス・作  岸田衿子・文  いわさきちひろ・絵  偕成社 1968121日刷1995849

フランス映画「赤い風船」(1956年)を画家のいわさきちひろさんの熱意によって絵本化されたそうです。文はラモリス監督の原作をもとにして岸田衿子さんが、絵本のために構成して書いたものです。

パスカルと赤い風船との会話のやりとりはありません。ひたすら、パスカルが話しかけるのです。それが、何となく共感を呼びます。

大人だって、目の前に赤い風船が飛んでいたら気になりますよね。そして思わずどこへ行くんだろうって目で追いかけます。子どもは走って追いかけて行くでしょうね。

そんな誰もが持っている心理をファンタジーなストリーに岸田さんが書けば、画家の岩崎さんがより一層ファンタステックに描いています。赤い風船が1頁以外(青い風船)全頁に出てきます。その赤い風船を見ているだけで子どもの頃の郷愁へ誘われます。

お話の中で、いたずらっこ、いじめっこが、赤い風船に石を投げて破裂させてしまいます。その場面で風船が死んでしまったと表現していますが、それだけ少年にとって大事な(ペットのような)風船であったことを強調したかったのでしょうね。

勿論、これで終わりませんから・・・・。

映画ではこの少年を監督の息子さんが演じているのだそうです。セリフもたった一言あるだけとか。カンヌ映画祭短編グランプリを受賞。アカデミーオリジナル脚本賞も受賞しています。この年(1956年)のアカデミー賞の作品賞が「八十日間世界一周」ですって。

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「わにくん」

Wanikunn ペーター=ニクル:作 ビネッテ=シュレーダー:絵 やがわすみこ:訳 偕成社

【話】昔、ナイルの川岸の砂原に、緑色のワニが一ぴき寝そべっていた。そこで散歩に来た二人のご婦人の一人がワニを見て感激。

“まあ すてき、わにのみせに つれていきたいこと!さぞやいろいろやくにたつでしょう。”

これを聞いたワニ君、はるばるその店へと向かった。辿り着いて、目にしたものは、ワニの皮製品を売るお店だった。ワニ君の目から涙が溢れ、そして、ワニ君の逆襲が始まる。美しい売り子のソフィーさんを一飲みしてから、おしゃれなソフィさんの持ち物をすべてナイルに持ち帰る。このときからというもの、・・・・・。

【所感】子ども向けの絵本としてはどうでしょうか。せめて、ワニ君が泣きながら皮製品を持ち帰り、ナイルに沈めてから、川岸の砂浜から消えたことにしていたら、美しい絵とともに小さな子どもの心にも響いていたかも。それでは風刺にならない上に、在り来たりのお話になって、つまらないと言われてしまいますね。とにもかくにも、美しい絵本であることは確かです。

日本では198011刷となっていますが、1975年スイスで発表し、その年に「スイスの最も美しい本賞」に選ばれた作品です。その2年後に(1977年)ライプツィヒ図書展「世界で最も美しい本賞」も受賞しています。お話を書いたのは、シュレーダーの夫のペーター・ニクル氏です。

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「わにさんどきっ はいしゃさんどきっ」

Wanisann 「わにさんどきっ はいしゃさんどきっ五味太郎:作 19848月初版 偕成社

わにさんが虫歯になって、歯医者さん(人間)へ

“同じ場面で 同じ言葉が両方の口からついて出ます。そのちがいが絵で語られるゆかいな、絵本です。”

と、まあ、紹介されているのですが、お互いに声を出したと思われる言葉は、わにさんの虫歯の治療の時「いたい!」と発した言葉。そして、その時、わにさんに思わず噛まれてしまった歯医者さんの「いたい!」位。

最後の「たいへん しつれい しました いづれ また」も声に出してもいい。けれど、これも頭を下げて心の中で呟いたとしてもおかしくない。

そんなわけで、お互いの心中で同じことを同時に、考えていた方が妙を得て面白い。

わにさんが「こわいなあ・・・・・」と思えば歯医者さんも「こわいなあ・・・・・」と、心の中で呟いて・・・・。

子どもの絵本に、ワニやオオカミが出てくるお話が、結構多いです。それも、やさしかったり、ひょうきんだったり。

子どもはワニの大きな口にずらりと並んだ歯を見れば怖いと思うでしょう。またオオカミの牙もそうです。それが前提にあるからこそ、間の抜けたワニに親しみを感じるのだと思います。

五味太郎さんは、その両方をちゃんと使って。ワニは怖いと思って、怯えながら(??)治療する歯医者さんもとぼけて。面白い絵本だけではありません。教訓も「だから はみがき」「だから はみがき」と、しっかりと伝えてありました。

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「さとりくん」

Satori 五味太郎:作 19968月初版 クレヨンハウス

タイトルを見て、まさかあの悟る(物事の道理を明らかに知る。推し量って知る。心の迷いを去って審理を体得する。などなど・・の意)という言葉に鳥を付けた言葉?作者が五味さんですから興味津々で読みました。

絵はいつものように、小さな子ども向けのように描かれてありますけど、言葉は大人向けです。優しい言葉で、悟りの境地をさとりくんが証明していきます。

何てたって、さとりくんは生まれつき悟っている鳥なんですから。どんな時も慌てず、悩まず、騒がず、乱れないのです。

自分が食べられそうになっても「ああ これもまた あることだ」などと悟り、落ち着き払っているものですから、相手も気味悪がってよけてしまいます。でも、さとりくんが少しだけ慌てます。このおちは可笑しいです。

この絵本の悟るとは、目の前で起きていることが嫌なことでも肯定する勇気を持てば楽になると問いかけているようにも取れましたが。

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わすれんぼうのねこ「モグ」

Mogu ジュディス・カー=作 斎藤倫子=訳 あすなろう書房 2007年10月20日 初版発行

【話】モグは特別な猫ではありません。トーマス家のペットです。家族の一員として、自由気ままに部屋中を動きまわって、その度に粗相をしてしまいます。その結果、怒られてばっかり。家を飛び出したはいいけれど、家に入る猫ドアをすっかり忘れてしまいます。真っ暗な庭でしょんぼりしていると、台所のあかりに気が付き、窓を開けてもらおうと、にゃあ!にゃあ!と大きな声でなきます。そのなき声にびっくりしたのは何と泥棒だったのです。・・・・・。

【所感】モグは特別な猫ではありません。それでも人気があるのは、とても身近な存在に感じるからではないでしょうか。作者は1923年、ベルリン生まれ。ナチスの迫害をのがれ、スイス→フランス→イギリスと移住し、1970年、「わすれんぼうのねこモグ」を刊行。ねこのモグはシリーズになり、今でも読みつがれ愛されています。

嬉しそうな顔。とぼけた顔。きょとんとした顔。お茶目な顔。まだまだモグの顔の表情がいっぱいあります。こころあたたまる絵本です。

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「黒グルミのからのなかに」

Kurogurumi 文 ミュリエル・マンゴー 絵 カルメン・セゴヴィア 訳 ときありえ 西村書店

【話】ポールという男の子は母親の命を引き取りにきた死神の老婆と出会う。母の命を奪う死神と闘って勝ち、そして、黒グルミのからのおくに押し込み、穴をふさいだ。それから、海に放り投げた。

母親は元気に。その変わり、人間が生きていくために食べていた野菜も、魚も、牛も、豚も、取れなくなってしまう。死神がいなくなって死ねなくなった生き物たち。すべてポールのせいでした。ものごとを自然の流れに戻すために、ポールは死神の入った黒グルミを探しに広い海原へと・・・・・。

【所感】このお話はスコットランド民話をもとにして書かれたそうです。人間が狩りをしていた頃、動物と同じようにお互いに命の循環を繰り返して生きてきました。その輪から人間だけが抜けて、生き物を自由に捕まえたり、採ったりして食べて生きてきました。それが、さも当たり前のようになって。死から生を考えようとしたこの絵本のストリーはとても斬新でした。色彩も淡白でさりげなくて、味わい深いです。

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「紙しばい屋さん」

Kami1 作:アレン・セイ 2007320日 第1刷発行  ほるぷ出版

巻末に記された作者紹介

1937年横浜生まれ。アメリカ在住。中学生時代に東京で漫画家の野呂新平に師事し、絵を学ぶ。16歳で渡米し、兵役を経て写真家に。・・・・・

略歴を見て、改めてこの絵本を見ると、氏の子ども時代に経験した風景を望郷の念で描かれたのだろうと。

東京大空襲をもろに受けた私たち家族。焼け野原になった下町と焼夷弾の直撃を受けなかった下町。その差は生活に歴然と表れた時代。それでも子どもたちはみんな紙芝居のおじさんの来るのを楽しみに待った。透きとおた水あめを買って、真っ白になるまで捏ねて競い合った。それが終わると、いよいよ紙芝居が始まる。飴をなめながら見た紙芝居。絵本の中の子どもたちに懐かしさを感じます。絵は綺麗すぎますけどね。

氏の作品「おじさんの旅」「はるかな湖」も無駄な線がなくすっきりした美しい絵でした。

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「あけるな」

Akeruna_2  谷川俊太郎・作 安野光雅・絵  ブッキング

この絵本を手にしたとき、新しいしっかりとした表紙にまず、おや!と思いました。2年前に市の図書館の書庫(倉庫みたいな所?)にあるのをわざわざお願いして出して頂いた。よれよれの表紙でした。その絵本が復刊(底本→1976年:銀河社刊)したのです。

そんな絵本に出合ったのですから、ここでも取り上げない訳にはいきません。開けるなと言われて思い出すお話は“「浦島太郎」の玉手箱”、このブログでは(2007年5月)“ペローの「青ひげ」の部屋”。

玉手箱を開けてはいけないと言った乙姫さまは、早く現実を受け止めて欲しいと思ったからでしょうか?青ひげの開けてはいけない部屋は恐ろしい部屋でした。そして、どちらも意図的に開けさせるために使った言葉のようですね。

「あけるな」も勿論、開けるなと言われれば開けるのが心理だと。ただ、その好奇心は誰もが持っているもの。終わり方は?

子どもたちがワクワクして、最後はほっとするように描いたのかも。また、お話の続きも自分たちで作れるように期待したのかな・・・・。

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「おうさまババール」

Babaru ジャン・ド・ブリューノフ:さく やがわやすこ:やく 評論社

この絵本は「ぞうのババール」全<10巻>を19741024日に初出版された中の3巻目です。

1巻は「ぞうのババール」というタイトルです。大きな森で生まれたババール。幸せな日々を過ごしていた。そんなある日、狩人が来て母親象を撃ってしまいます。ババールは捕まったら大変とばかりに逃げます。知らない人間の世界へと。そこで像の気持ちなら何でもわかる大金持ちのおばあさんに出合います。洋服を着たババール。おばあさんの家で暮らして2年経った。その2年間でババールはいろんなことを学び、やがて故郷に戻り王さまになります。

2巻目は「ババールのしんこんりょこう」です。

3巻目は「おうさまババール」です。

ババールは新しい都をつくる決心をします。その街づくりの様子が事細かに書かれているのです。

私が読んだのは1巻と3巻と8巻の「ババールのはくらんかい」だけです。そのババールの新刊(2008年6月20日)が出ました。「ババールのどろうぼうをさがせ」です。

ジャンの息子のロランの作品でした。大型絵本です。父親の後を引き継ぐ位、このシリーズは人気があったのですね。

私が薦めるとしたらやっぱり「おうさまババール」です。姿かたちは象ですけど、洋服を着た像は人間そのもの。やさしい王様です。子どもは王さまの話が好き。そして像も・・・。

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「半日村」と「火の鳥」

Hannniti 文/斎藤隆介・絵/滝平二郎  岩崎書店

斎藤・滝平の両氏のコンビで1969年に出版された「花さき山」、そして1971年の「モチモチの木」は多くの方に読まれた有名な作品ですね。その後もコンビで何冊もの絵本を出版されています。

「半日村」

【話】村の前に立ちはだかる高い山のお陰で半日しか日があたらない。村人はあの山さえなかったらと嘆く。山なんか動かせない。悪い村に生まれたと思って諦めるより仕方がない。そんな両親の話を聞いていた一平が山へ。削った土を袋に詰めて湖に。それを見ていた子ども達も大人達も初めは笑っていたが、一平の姿に心が動き、村中の人たちまで山に登って 行く。何年もかかって山の土を削った。山は半分になって山の土で埋められた湖も半分になって、そこには田んぼができた。半日村から朝日を一杯浴びる実り豊かな一日村になった。

「火の鳥」

【話】火の鳥が飛ぶ年は必ず飢饉が来ると恐れられていた。その火の鳥が三年も続けて来た。その火の鳥を12歳になる女の子が退治するという。

【所感】「花さき山」の後記に“自分のために生きたい命を、みんなのためにささげることこそが、自分を更に最高に生かすことだ、と信じてその道を歩き始めた人々がおおぜい出てきました。”

戦後の歴史を作った人々に向けられた作者の言葉です。山を削る男の子、火の鳥をやっつけようとする女の子は、そんな人々の代表なのかもしれません。そして、大勢の人たちがかかわって自由を得た。自ら生きることを知った。斎藤隆介のメルヘンチックな物語も滝平二郎のキリっとした挿絵によって、深みのある絵本になっています。

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「100万回生きたねこ」

このブログで敢えて取り上げなかった絵本の中の一冊です。何故なら、ネットでも絵本を紹介する本や雑誌に、必ずと言っていいほど書評が掲載されていましたから、書きようがないというのが本音でした。その絵本が今週の“絵本の記憶”(鈴木光司)に掲載されていました。奥様が大好きな絵本として。

“妻は、この絵本を読むたび、長年連れ添った夫婦猫が相次いで死んでいくラストで、涙を流す。何度読んでも、その都度泣いてしまうほどで、娘たちにからかわれているほどだ。”

と、紹介されていました。

絵本でなければ表現できない(100万回)、歌でなければ真実味がない(100万本のバラ)

この100万という大げさな数に、圧倒されていつしか誠の愛を感じてしまう。片思いは、誰でも経験できます。でも、“愛される”という目に見えない心情をどうやって受け止めることができるのでしょう。

大人になって、人生経験を積んで初めて分かることのほうが多い。「おおきな木」はそういう意味で目に見える形で表現した絵本であり「100万回生きたねこ」はわかりやすい言葉で愛すること、愛されることを表現した絵本だと思います。これからもこの絵本は愛されていくでしょうね。< 佐野洋子 作・絵 講談社>

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「おおきな木」

Ookinaki1 9月12日朝日新聞(夕刊)の11面”絵本の記憶”作家:鈴木光司氏の記事を読んで。

取り上げた絵本は「おおきな木」でした。鈴木光司氏の『りんぐ』『らせん』『仄暗い水の底から』を読んでいましたからどんな感想なのか大変興味がありました。

この絵本のおおきな木の与える愛は最高度のレベルのもので、見返りを期待しないで、人に尽くせるかどうか、自分の心に問うてみれば、その難しさがわかる。と述べて、”親の、子に対する愛だけ、かな。”と締めくくってありました。

この絵本のタイトルが「おおきな木」とあるように主人公は「おおきな木」なんですね。でも、絵を見ていると小さな男の子に目を奪われてしまいます。その結果、とんでもない感想を抱くことになります。それもまた面白いと思いますが。親子で読むことをお勧めします。

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「しまふくろうのみずうみ」

Simahuku 手島圭三郎・絵と文 福武書店

この絵本の初版が198231日とありますから、16年前の作品です。第5回絵本にっぽん賞受賞されて「よい絵本」として各会から推薦されています。

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まだ見ていない方の為に、この絵本をパラパラと見ないで、静かにじっくりページを初めから見て下さい。文は簡潔でしまふくろうの動きを語っています。一枚、また一枚と絵本のページを捲っていくと、必ずあっと驚く絵に目を見張り感動します。

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手島氏が後記に書いた「私のふるさと」を読むと少年時代の大部分を北海道の北の端のいなかで過ごされたと記されてありました。

その体験から郷愁とあこがれに昇華して作り出された世界を版画の技術で描いた作品集はどれも素敵です。

◇カムイ・ユーカラの世界◇ ◇北の森から◇ ◇幻想シリーズ◇等。

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あさの絵本

  谷川俊太郎/文 吉村和敏/写真 アリス館 2006年8月8日初版発行

出版社の紹介文に”・・・今日辛くても、一日がんばって、眠って夜が明ければ、また新しい一日が始まる。今を生きる子どもたちへ・・・眠る前にこの本を開けば、明日への希望がふくらんできます。”

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写真と言う枠を取り外したパノラマのような絵本です。写真に詞が添えられると、写真を何度も見ます。

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”おわってしまうものは ひとつもない すべて はじまり”

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この言葉は味わい深い。すべてをこの言葉に置き換えた時、心も軽くなっているかも。

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『ちいさなこまいぬ』

20075月第1刷 キム・シオン=作 長田 弘=訳 コンセル

表紙はとても暗く、小さな狛犬の頭に両手で抱えるようにして頬を寄せている老人。目から一筋の涙が見える。

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年をとった人たちは私の頭をなでて、自分たちが子どもだったころを思い出し、深いため息をつく。

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とは主人公の小さなこまいぬ。神社の入り口などに置かれている一対の狛犬。犬という音の響きから想像できない姿・形をしています。

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元はインドのライオン像です。百獣王の獣。それが中国から朝鮮を経て日本に伝わって来ました。

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私たちが使う「あ・うん」の呼吸とはこの二匹の狛犬のようすから始まったとも云われています。

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口を開けている方が「あ」で始まりを表し、口を閉じている方が「うん」終わりを表します。それで「阿吽(あうん)」と。

この絵本は詩からできたのでしょうか。訳されたのは詩人の長田さん。短い文の中にあたたかさと力強さが伝わってきます。

“わたしは ふるさとを まもる こまいぬだ”誇り高き狛犬の囁きです。舞台は中国です。作家も。

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『ヨンイのビニールがさ』

このお話のもとになったのは詩「ヨンイのビニールがさ」なのだそうです。作者のユン・ドンジェは1958年韓国の慶尚北道で生まれ、この詩を発表した年が1980年です。その時、22歳の青年(高麗大学大学院生?)だったということでしょうか。彼の幼い頃の体験ではないだろうか?ヨンイは彼そのものだったかも知れない。

“ヨンイは韓国の小学生の女の子。雨のふる月曜の朝、道ばたにすわっているものごいのおじいさんを見かけました・・・。”

日本の敗戦後の生活で、物乞いをする人々は決して珍しい光景ではありませんでした。玄関の前に立たれれば、おにぎりをあげたり、僅かなお金もあげたりと、日常生活では当たり前のことでした。

しかし、今のホームレスは物乞いをしないかわりに、ゴミ袋から直接食べられるものを探して、その場で食べています。その姿を実際に一瞬、目にした時は見てはいけないものを見てしまった罪悪感に陥りました。

この絵本も様々な感想があるだろうと思います。本の紹介にも“少女ヨンイのやさしさと勇気”とあります。物乞いのおじいさんは、ヨンイの親切に驚きとショックを受けたと思います。子どもに憐れみを受けたことに。泣けたことでしょう。でも、ヨンイのしたことは無駄ではなかったのです。おじいさんの心を動かしたのですから。

“あさ、ヨンイが おじいさんに さしかけてあげた ビニールがさだけがきちんと たたまれ、まっすぐ へいに たてかけられているだけで。ヨンイは あおくすみわたった そらを みあげて つぶやいた。「おじいちゃんが もっていってくれても よかったのに・・・・・」”

このおじいさんが今度、ヨンイに合うときは、雨に濡れたヨンイに傘をさしかけてあげるというシーンにしたいですね。絵もこのお話にあって良かったです。何となく悲しいげな色使いではありますが。

ユン・ドンジェ:作 キム・ジェホン:絵 ピョン・キジャ:訳

岩崎書店2006年5月30日第1刷発行

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『ねこのせんちょう』

タイトルがいいですね。猫の船長なのですから、それだけで想像してしまいました。本を開いて、そんな期待もすっかり忘れて、絵に見入りました。

作者の飼っている猫がモデルになって、その猫の名前がせんちょうだったんです。

ここに描かれている猫の動作は当たり前。でも、飼っている家が少なかったり、野良ネコも見かけないとなると、・・・・。

のびやかで、ゆったりとした時間の流れにせんちょうが画面狭しと描かれ、また水墨画のような絵の具の使い方にも親しみを感じさせます。猫の一日の動作からせんちょうは月あかりの晩に出かけます。

“せんちょうは かわの ほとりまで あるいていく。 それから ボートにとびのる。オールをこぎ、こいびとの いえを めざす。よるが あける まえに、 ふたりは わかれる。

何気ない簡潔な言葉と、猫の日常をちょっと表現を変えて書いてあるだけ。絵を見て楽しむ絵本と言えます。

マドレーヌ・フロイド:作 木坂 涼:訳 セーラー出版 2006年4月30日第1刷発行

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醜さもヒーローにしてしまう『みにくいシュレック』

“みにくい両親から生まれたシュレックは、両親より、もっとみにくい子でした。・・・・ある日、両親は、かわいい息子を、世の中に出してやることにしました。おおきくなったのだから、すこし苦労したほうがよい、と、思ったのです。両親にけとばされ、シュレックは生まれ育った暗闇を後に、旅に出ました。”

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シュレックが、もの凄い匂いをまき散らしながら歩くと、花も木も農夫も、気絶してしまいます。シュレックの行くところ、人も獣も、逃げまどいました。シュレックはいい気持ちでした。

林の中であった魔女から思わぬことを聞いたシュレック。自分よりみにくい王女をめとると。その王女の住む城へとシュレックは旅を続けた。・・・。

このお話を読んで、これはとんだ主人公だと思いました。スタイグがこの作品を発表した年は1990年で自身も83歳になっています。読んでいて誰も可笑しいと思うほど徹底的に逆をいっています。ヒーロー、ヒロインは可愛い、奇麗、と思っている読者も多いと思いますから。シュレックのモデルは自分の息子ではないかと????もしそうだとしたら、愛情いっぱいの絵本なのかも知れませんね。そして、ジョークかも。個性を大事にというメッセージにも。

Minikui ウイリアム・スタイグ文と絵 おがわえつこ訳 セーラー出版 1991330日 第1刷発行 200211日 第5刷発行

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『いやだいやだのスピンキー』

Iyadaウィリアム・スタイグ:作 訳:おがわえつこ  セーラー出版  1989年10月12日第1刷発行 

ウィリアム・スタイグのおかしなおかしな絵本です。表紙に描かれているのがスピンキーです。すねた顔の表情がバラエティーに富んでいて、ページをめくる度に思わず笑ってしまいます。とことんすねたスピンキーに付き合う温かい家族のお話。

スピンキーのことを、だれひとりわかってくれないと、スピンキーは誰とも話さないことにしたのだった。それは効果覿面。ねえさん、にいさん、おかあさん、仲良しの友だち、おとうさん、おばあさん、最後はサーカスのピエロまでご機嫌を取りに。

この絵本を見てスピンキーの真似をされては大変ね。でも、ここまでできるのも親子の信頼関係があってこそ。スピンキーの目がそう言ってました?

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茨木のり子さんの唯一の童話『貝の子プチキュー』

詩人の茨木のり子さんは昨年の2月に死去され(1926年~2006年)、絵本の完成(2006630日発行・福音館書店)を待たずに亡くなりました。

小さな貝の子どもプチキューが青い青い海を歩いて、そこに住む生き物との交流を描いた作品です。本の中では、口をパカッと開けて、パチンと閉めるとありますが、本当はプチとあけてキューとしめるのでは?それで、プチキュー。

詩人の目は、子どもにやさしく語りながら、死を語っています。山内ふじ江さんの絵がとても奇麗です。

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『終わらない夜』

カナダの画家ロブ・ゴンサルヴェスの15枚の絵に想像力を刺激された作家セーラ・L・トムソンが詩をそえた絵本です。ほるぷ出版 2005年の絵本ベスト23(2006年版:この絵本が好き!)海外翻訳絵本で7番目に紹介されていました。

絵本の好きな方は、もう、既に、ご存じだろうと思います。タイトル「終わらない夜」につられて手にして見ましたら、水面に映った木の影。その木と木の間に青白い女性の姿を描いているんですね。びっくりしました。と同時に何となく不気味。これから何処へいくのだろうか。

この表紙の詩からはシーンとした静寂さが伝わってきます。

夜、月の光が

水面をてらす。

かすかにきこえる

だれかのあしおと。

15枚の絵の表題だけ紹介しておきましょう。

オーロラにつつまれて1、ロウソクの回廊2、冷たい休息3、夜の飛行4、線路の家5、眠りにつく畑6、変わる風景7、中世の月光8、夜のサイクリング9、落ちてきた星10、月の乙女(表紙の絵)11、天体のカーテン12、新たな月蝕13、海辺の坂道14、心の中の森15、白い毛布

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ジェムズ・ジョイスの唯一の童話『猫と悪魔』

1922年に出版された長編小説『ユリシーズ』が河出書房新社から出版されたのは1980年(河出世界文学大系73ジョイス1)でした。その本の訳者のひとり、丸谷才一氏がこの絵本を訳されています。

そのせいかどうか分かりませんが、表記のあとがきに(1)歴史的仮名づかいひを採用してゐる。(2)漢字をちっとも遠慮しないで使ふ。(3)分ち書きをおこなわない。などとわざわざ本書で断り書きをしています。童話といえども(孫に宛てた私信)、ジョイスの作品の持ち味を丸谷氏は大事に表現(日本語)したかったのでしょうか。

“スティーヴン・ジョイスさま

1936年8月10日 ヴィリエ・シュル・メールにて

スティーヴィー君、

 二三日前、キャンデーいりの小猫を送りました。でも、きみは、ボージャンシーの猫の話は知らないでせう。“

その話とは、民間伝承にみられる「悪魔だまし」の話です。ボーンジャンシーの人たちは橋がなくて困っていました。それを知った悪魔が橋をかけてあげると言ったんです。おかねなんか要らない。ただ“一番はじめに橋を渡る者がわたしの家来になることです”と。市長はその条件に“よろしい”と答えます。

この市長さんがなかなかの策士なのです。悪魔は一晩で広い川に素敵な橋をかけます。市長さんは片手に水の入ったバケツを持ち、もう一方の腕には猫一匹抱いていたのでした。橋の向こう側では悪魔が待っています。

“ボージャンシーの人たちは、みんな、おたがひにささやきあひ、そして猫は、市長さんを見上げた。といふのは、この町では、*猫が市長さんをみてもかまわないことになつてゐたのです。”

(*イギリスの諺「猫にも王さまを見る権利がある」どんなに身分の低い人でも、貴人の前でそれなりの権利があるの意。)

市長さんは猫を橋の上におき、バケツの水をかけます。驚いた猫は橋をかけて悪魔の腕に飛び込みます。

この悪魔は名ばかりの悪魔で、お人好しなのです。騙されて腹を立てたからって仕返しもせず、ただ、“バルジャンシャンの人々よ、君たちはちっともきれいな連中ぢゃないぞ!”と叫んだだけでした。猫に向かって“二人して、あっためあはうぜ”と言いながら猫といっしょに町を去るのです。

1976510日初版第1刷発行:小学館 絵:ジェラルド・ローズ 巻末に書かれた大澤正佳氏の長文の解説は、ジョイスを知る手がかりになっています。

ネットで知る

“1882年ダブリンで、10人兄弟の長男として生まれたジェイムズ・ジョイス。父親は製造業を営み、母親はカトリック信者。彼が9歳の時、初めて書いた詩は「ヒーリーよ、お前もか」”?だそうです。

当時の政治指導者を裏切ったティモシー・ヒーリーを、シェクスピアのジュリアスシーザーの「ブルタースお前もか」をヒーリーに置き換えたとすれば、このとき既に裏切る大人たちを見据えていたことになります。9歳です。

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『おしゃべりなもり』

2005年出版の絵本です。作者.E・シムとN・スラトコフです。ロシアの代表的な動物文学者ビアンキの指導を受けたロシアの自然派作家です。『おしゃべりなもり』は、ビアンキなど5名の作家が書いた『森からの便り』(1961年)から選んだ作品集です。 絵:N.チャルーシナ 訳:の田中友子 福音館書店

ロシアのペテルブルグの自然や動物をモチーフにしたお話。森の生きものたちのおしゃべり。あまーい ジュース>樹液の甘いジュースを飲むキツツキ。

くいしんぼうの こどもたち>1日に何百回もえさを食べるアオガラのヒナたち。ケムシの ごちそう>毛虫を31匹も食べるカッコウ。

その他のタイトル

どっちのほうが やくにたつ? だいじなたまご、 カッコウの しんせつ、 ノネズミとりの めいじん、 なにをするにも くちばしで、 いちばん おいしいものは? おおきな おとしもの、 ゆきの もうふ、 まふゆの こそだて、 テンのいえは どんないえ? こおりのしたは はる、 

森の動物たちのおしゃべりは尽きない。図鑑もいいですけど、こんな楽しい絵本でしたら、子どもたちも興味を持つと思います。読み聞かせながら、絵を見せてあげたら、きっと目をきらきら輝かせて見入ると思います。そうですね、私のような老いた者でも新鮮でしたから。

『どうぐは なくても』V・ビアンキ:原作 田中友子:文 N・チャルーシナ:絵 福音館書店 2007年4月20日初版発行 まだ新しい絵本です。もしかしたら書店で見かけることができるかも知れません。森で生きる鳥たちの知恵と美しい風景を描いた作品です。

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天使のような人『アンジェロ』ANGELO

ANZELOは、エンゼルにOを末尾につけて男性の天使を現したのだろうか??

絵本の紹介文より

「アンジェロじいさんのしごとは、古い教会の壁をぬりかえ、彫刻にあたらしい命をふきこむこと。ある日、仕事中によわったハトを見つけ、しかたなく家につれかえって手当てをした。はじめはぶつぶつ文句をいっていたのに、やがて大の仲良しになって・・・・・・・。」

雑誌「この絵本が好き」2007年版 別冊太陽編集部=編で発表された(2006年刊)海外翻訳絵本のベストワンが『アンジェロ』なのです。デビッド・マコーレイ 作  千葉茂樹 訳 ほるぷ出版 2006年5月25日 第1刷発行

人間と動物が支え合い生きていくお話。主人公はおじいさんとハトです。デビッド・マコーレイの最初の作品はペン画の『カテドラル』最も美しい大聖堂のできあがるまで(岩波書店)なのですが、そこで描きあげたカテドラルからアンジェロが生まれたのだろうと思います。大聖堂を始め、マコーレイは建築物に魅せられ、そのしくみを勉強し、細密に描くなかで、職人への尊敬の念を、より一層抱いたのではないでしょうか。

子どもと動物は絵本では定番ですが、老人もしかり。この絵本がベストワンに選ばれたのは、選ぶ親たちの目線にあったのだと思います。大聖堂の修理がどんなに大変でも、どんなに重労働でも、怪我をしたハトの面倒見るおじいさん。ひとりで成し遂げられなかったかも知れない修理も、そのハトに励まされて無事終えます。

人が生きていく姿をアンジェロに見たのでしょうね。

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バーバラ・クーニー作『ルピナスさん』

バーバラ・クーニーは、19178月ニューヨーク市のブルックリンで生まれています。大学卒業後、絵本作家として、亡くなる(83歳)直前まで、60年という長きにわたって活躍され、描いた絵は100冊以上もあります。

結婚、離婚、再婚(‘49年)をし、4人の子どもを持つ町医者の妻として、忙しい日々を送りながら、絵を描き続けたそうです。1959年には『チャンティクリアときつね』でコールデコット賞を受賞。さらに1980年彼女が63歳のとき再び『にぐるまひいて』で受賞しています。

『ルピナスさん』は1982年に発表して(日本では1987年)いますから、晩年のクーニー自身を描いたような気がします。副題も「小さなおばあさんのお話」になっていますから。

掛川恭子:訳 ほるぷ出版

”ルピナスさんは、海をみおろすおかのうえにある、小さないえにすんでいます。いえのまわりには、あおや、むらさきや、ピンクの花が、さきみだれています。ルピナスさんは小さなおばあさんですが、むかしからおばあさんだったわけではありません。”

前回の『エミリー』と同じようにわたしという少女のお話になっています。ルピナスさんは、わたしの”大おばさんなのです。”と・・・

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アメリカの詩人『エミリー』

エミリー・ディキンソン(1830年~1886年)は、マサチュウ-セッツ州のアムハーストで政治や教育の世界で名をなした裕福な家庭に生まれた100年以上も前の実在人物です。

エミリーの死後、エミリーの使っていた机に中に、1800編近い詩が隠されているのを妹(18331899)が発見しました。

エミリーが10歳になると学校に行き、そこで、文学、歴史、語学、宗教などたくさんの学科を学び、そして、17歳になって、女学校(現マウントホリヨク大学)へと行くのですが、そこに在籍したのは1年にも満たなかったそうです。その後、あちこち旅を続けて、死ぬまでの25年間は父親の屋敷から外へ出ようとしなかった。今で言う「ひきこもり」です。

こうしたエミリー・ディキンソンのお話を絵本に書いたのがマイケル・ビダートです。絵はバーバラ・クーニーです。掛川恭子:訳 ほるぷ出版社