1922年に出版された長編小説『ユリシーズ』が河出書房新社から出版されたのは1980年(河出世界文学大系73ジョイス1)でした。その本の訳者のひとり、丸谷才一氏がこの絵本を訳されています。
そのせいかどうか分かりませんが、表記のあとがきに(1)歴史的仮名づかいひを採用してゐる。(2)漢字をちっとも遠慮しないで使ふ。(3)分ち書きをおこなわない。などとわざわざ本書で断り書きをしています。童話といえども(孫に宛てた私信)、ジョイスの作品の持ち味を丸谷氏は大事に表現(日本語)したかったのでしょうか。
“スティーヴン・ジョイスさま
1936年8月10日 ヴィリエ・シュル・メールにて
スティーヴィー君、
二三日前、キャンデーいりの小猫を送りました。でも、きみは、ボージャンシーの猫の話は知らないでせう。“
その話とは、民間伝承にみられる「悪魔だまし」の話です。ボーンジャンシーの人たちは橋がなくて困っていました。それを知った悪魔が橋をかけてあげると言ったんです。おかねなんか要らない。ただ“一番はじめに橋を渡る者がわたしの家来になることです”と。市長はその条件に“よろしい”と答えます。
この市長さんがなかなかの策士なのです。悪魔は一晩で広い川に素敵な橋をかけます。市長さんは片手に水の入ったバケツを持ち、もう一方の腕には猫一匹抱いていたのでした。橋の向こう側では悪魔が待っています。
“ボージャンシーの人たちは、みんな、おたがひにささやきあひ、そして猫は、市長さんを見上げた。といふのは、この町では、*猫が市長さんをみてもかまわないことになつてゐたのです。”
(*イギリスの諺「猫にも王さまを見る権利がある」どんなに身分の低い人でも、貴人の前でそれなりの権利があるの意。)
市長さんは猫を橋の上におき、バケツの水をかけます。驚いた猫は橋をかけて悪魔の腕に飛び込みます。
この悪魔は名ばかりの悪魔で、お人好しなのです。騙されて腹を立てたからって仕返しもせず、ただ、“バルジャンシャンの人々よ、君たちはちっともきれいな連中ぢゃないぞ!”と叫んだだけでした。猫に向かって“二人して、あっためあはうぜ”と言いながら猫といっしょに町を去るのです。
1976年5月10日初版第1刷発行:小学館 絵:ジェラルド・ローズ 巻末に書かれた大澤正佳氏の長文の解説は、ジョイスを知る手がかりになっています。
ネットで知る
“1882年ダブリンで、10人兄弟の長男として生まれたジェイムズ・ジョイス。父親は製造業を営み、母親はカトリック信者。彼が9歳の時、初めて書いた詩は「ヒーリーよ、お前もか」”?だそうです。
当時の政治指導者を裏切ったティモシー・ヒーリーを、シェクスピアのジュリアスシーザーの「ブルタースお前もか」をヒーリーに置き換えたとすれば、このとき既に裏切る大人たちを見据えていたことになります。9歳です。